テリー今日は久しぶりに尾藤さんにお会いできるっていうんで、あれは80歳の時のステージかな。ネットの動画で見させてもらったんですよ。すごいですね、声の出方が昔と全然変わらない。尾藤ああ、そうですね。テリーあれはやっぱりずっと歌い続けてきたから...
記事全文を読む→尾藤イサオ
テリーそのぐらい忙しくて遊ぶ時間がないと、お金は貯まったでしょう?尾藤いやいや、全然貯まりません(笑)。ジャズ喫茶は登竜門じゃないですけれども、お金をいただいてお客さんの前で稽古するようなものですから。寄席と一緒ですね。寄席も全然お金になら...
記事全文を読む→テリーじゃあ「曲芸をやめて歌手になるんだ」って言った時は師匠も驚いたんじゃないですか?尾藤そうですね。「曲芸をやめてプレスリーを歌いたいんです」って言ったら、「お前は本物の不良になるのか」って(笑)。当時の師匠のような世代の方からすると、同...
記事全文を読む→10歳から曲芸師として芸を磨き、エルヴィス・プレスリーに衝撃を受けてロカビリー歌手としてデビューした尾藤イサオ。1966年にはビートルズの来日公演の前座を務め、その舞台を客席から見ていたのが高校生だった天才テリー。約60年の時を経て2人の人...
記事全文を読む→前座で集結した日本人アーティストは、歓迎の意を表して「ウエルカム・ビートルズ」という歌を全員で披露した。作曲はブルー・コメッツの井上忠夫(後に大輔に改名)で、この曲こそが日本の音楽史の分岐点だったと三原は解説する。「ビートルズのコード進行っ...
記事全文を読む→公演は6月30日から7月2日まで、3日間で5回が開催された。現在の武道館のライブと違い、アリーナ席には観客を1人も入れず、警備員がずらりと並ぶ異様な光景だった。実はビートルズが全11曲で約30分のステージだったのに対し、日本側の前座は1時間...
記事全文を読む→その日、耳をつんざく歓声とともに、日本の音楽史が大きく変わった──。66年6月30日より3日間にわたって開催された「ザ・ビートルズ」の日本武道館公演のことである。あれから半世紀を迎え、衝撃は今なお消えない。日本人側として共演した2人が“俺だ...
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