ホンダの2025年4月から12月期決算は、純利益が前年同期比42%減の4654億円、四輪事業の営業損益は1664億円の赤字で、14年ぶりの赤字転落となった。それでも連結でなんとか黒字を保っているのは、過去最高益を叩き出した二輪事業が支えてい...
記事全文を読む→萩本欽一が初激白、百恵&友和の挙式をドタキャン
桜田淳子は「わたしの青い鳥」で73年のレコード大賞・最優秀新人賞を獲得。予選の時点からかぶっていた帽子は「エンゼルハット」と呼ばれ、トレードマークになった。アイドルとしても、タレントとしても非の打ちどころがなかったと萩本は回想する。
「番組の企画で、1度も『できない』とか『やれない』って顔をしなかった。欽ちゃんコーナーでなぎなたを使ったことがあったけど、他の新人はやり方を聞きに来るのに、彼女は感覚でわかっちゃうから自分で済ませちゃうんだ」
そんな萩本は80年3月に「スタ誕」の司会を卒業した。最後の特番には中3トリオだった3人を含め、ほとんどの出身者が集合した。萩本はプロデューサーの池田文雄から意外な言葉を聞いた。
「たった1人だけ泣いていた子がいた。俺も初めて見たけど、それが百恵だったんだよ」
都倉俊一の厳しいレッスンにも涙を見せなかった子が、番組以外の交流はなかった自分のために泣いた。それを聞いて、もう少し百恵と話しておきたかったと改めて思った。
百恵はその特番から半年後、三浦友和との結婚をもって芸能界から引退した。どこかしら自分自身の幕引きを、萩本の卒業に重ね合わせての涙だったのかもしれない。また萩本は三浦と奇妙な縁があった。三浦が初めて俳優としてレギュラーになったドラマ「シークレット部隊」(72年/TBS)に、萩本は第1回のゲストとして出演した。
「監督に東京湾に飛び込めって言われて、こっちは泳げないのにやらせるなって大ゲンカ。それを友和さんが囲んで見ていて、おっかないコメディアンだと思ったのが第一印象みたい」
萩本の生涯で唯一の悪役経験だったという。そんな2人の挙式には萩本も招待されていたが、朝から各局が中継している様子を見て参列を見合わせた。
「タキシードも着ていたんだけど、ニュース見てたら俺の行くとこじゃないなって思った。呼んでもらったのはうれしかったけど、美男美女の集まりに入っていくのがアタマ痛くなっちゃってね」
ただし、萩本が百恵のファンであることには変わりはない。自宅の玄関には3枚だけツーショット写真を飾っているが、尊敬する王貞治、渡哲也、そして美しかった百恵との写真である。
また淳子に対しても、92年の「統一教会・合同結婚式に参加」の報道以降、それとなく気にかかった。元の事務所の関係者をつかまえては近況を聞き出し、元気にやっていると聞かされると安心した。「もう20年か‥‥。淳子ちゃんもどこかでまた歌えたらいいよね。あれだけ歴史に残る番組を飾ってくれたんだから、声をかけてくれれば応援に行くよ。百恵ちゃんも復帰は無理でも、そろそろお茶くらい飲めたらいいね」
萩本だけではない。多くの男たちが「百恵と淳子」に情熱を傾けた日々があったのだ─。
アサ芸チョイス
11月8日、歌手・島倉千代子(享年75)が肝臓ガンで死去した。島倉といえば、演歌の王道を歩むように、その生き様は苦労の連続だった。中でも、莫大な借金返済で味わった地獄は理不尽極まりなかったようで──。島倉は、男を信じて手形の保証人となったせ...
記事全文を読む→ダウンタウン・浜田雅功にとって、テレビ朝日で冠番組を持つのは「浜ちゃんのこれが聖地や!」(2000年7月)以来、26年ぶりのことになる。トップアスリートの人間ドラマに迫る新番組「浜田雅功とアスリート幸福論」(5月17日スタート)がそれだ。テ...
記事全文を読む→開幕前の下馬評が高かった日本ハムが苦戦している。5月17日の西武戦(エスコンフィールド北海道)ではリリーフ陣が打ち込まれて、痛恨の逆転負け。借金は2となり、ソフトバンクと入れ替わってリーグ4位に落ちた。「ミスが多すぎて、話す気にならない。今...
記事全文を読む→
