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記事全文を読む→選抜優勝3回を誇る横浜が「決勝戦での最多得点差」の記録も持っている!
現在、春の選抜では歴代2位タイの優勝回数3回を誇る横浜(神奈川)。その最初の優勝が1973年の第45回大会である。
この時の主軸がエース・永川英植(元・ヤクルト)と強打の3番・長崎誠(プロゴルファー)。初戦の小倉商(福岡)戦から劇的な展開が待っていた。2‐2で迎えた延長13回裏に長崎が大会史上初となるサヨナラ満塁本塁打を放ったのだ。この勝利で波に乗った横浜は東邦(愛知)を3‐0、鳴門工(現・鳴門渦潮=徳島)を4‐1で降し、何と初出場で決勝戦へと進出することに。
迎えた決勝戦の相手は名門・広島商。この大会、快速球で三振の山を築いた作新学院(栃木)の怪物・江川卓(元・読売など)を準決勝で攻略して勝ち上がってきた試合巧者である。この強敵相手に永川が力投し、0‐0のまま延長戦へ突入。10回表に横浜は相手エースの佃正樹(法大ー三菱重工広島)の暴投で先制点を奪ったものの、その裏に追いつかれてしまう。強豪の粘りに新鋭・横浜には嫌なムードが漂ったが、続く11回表に5番・富田毅(リッカー)が勝ち越し2ラン。3‐1で古豪に競り勝ち、初出場初優勝を遂げたのであった。
初優勝から25年の月日が流れた1998年。第70回大会で横浜は2度目の選抜優勝を果たす。その中心にいたのが“平成の怪物”松坂大輔(中日)だ。この年の横浜は史上5校目となる春夏連覇を達成するのだが、その戦いぶりは春の選抜から圧巻だった。初戦の報徳学園(兵庫)戦を6‐2で快勝すると続く東福岡戦は3‐0の完封勝利。東福岡はのちにプロ野球で打者に転向し、2年連続で本塁打王を獲得する村田修一(栃木)がエースとして君臨していたが、松坂はこの村田から6回裏に自ら先制タイムリーを放っている。投げても松坂は13奪三振。許したヒットはわずか2安打のみだった。準々決勝の郡山(奈良)戦も被安打5の連続完封劇で4‐0の快勝。堂々のベスト4進出である。
迎えた準決勝。相手はこの大会での勇退を発表していた名将・中村順司監督率いるPL学園(大阪)。試合は6回裏に松坂が2点タイムリーを喫し、横浜はこの大会、初めてリードを許す展開に。だが、8回表に横浜打線が反撃し、エラー絡みながら同点とすると続く9回表にスクイズで逆転し、3‐2で勝利。僅差の勝負を制し、決勝戦へと進出したのである。決勝戦は好投手・久保康友(前・横浜DeNA)擁する関大一(大阪)が相手。横浜打線はこの久保から13安打を放ち3得点。投げては松坂が被安打4で3‐0の完封劇。2度目の選抜Vを飾ったのである。
3度目の優勝は2006年第78回大会。主将の福田永将(中日)を中心とした打線が活発で5試合で何と54得点。決勝戦では初出場の清峰(長崎)を21‐0で粉砕。なお、この時の得点差21は現在でも春の選抜の決勝戦での最大得点差となっている。
(高校野球評論家・上杉純也)=敬称略=
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