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記事全文を読む→俺たちが悶絶した「昭和のボイン」大博覧会(1)<直撃1・水沢アキ>
70年代を生きてきた男たちにとって、水沢アキ(63)の一大決心は激烈な記憶として残る。清純派のアイドル女優は、なぜ、ベールを脱いだのか?
──77年に雑誌「GORO」に掲載されたのは、浜辺で濡れたTシャツから透けてのぞく巨大な乳房。当時の若者たちは一人残らずノックアウトされました。
水沢 松本人志さんや薬丸裕英さんに言われました。恥ずかしかったけど、どうしても買いたかったって。
──フルヌードではないにせよ、むしろ、濡れたTシャツの内側に想像力をかきたてられたものです。加えて、それまで「清純派アイドル女優」であったことのサプライズですよね。
水沢 そうよね、NHKの「連想ゲーム」の司会もやっていたわけだから。フルヌードには抵抗があったので、Tシャツ1枚ならギリギリでいいんじゃないかと。でも、あの写真を含めて篠山紀信さんと出会ったことが、私の芸能生活の“新たな一歩”だったと思ってる。
──純粋なデビューは72年、いきなり「夏に来た娘」(TBS系)の主演デビューという破格の扱いでした。
水沢 北海道の牧場から上京した娘って設定だったから、クランクインまでにひたすら乗馬の練習をしたの。馬には今でも乗れるくらい上達したけど、ただ、夜8時台のドラマで胸がユサユサと揺れるのはいけないから、サラシを巻いて固定してくれと言われました。
──ああ、時代背景がわかります。アグネス・チャンや小柳ルミ子も同様の発言をしていますね。そして翌73年7月には「娘ごころ」で歌手デビューも飾った。
水沢 同じCBS・ソニー(当時)から、4月に浅田美代子ちゃん、5月に山口百恵ちゃん、そして7月に私がデビューして「ソニー家の三女」ってキャッチフレーズだったの。でもね、裏では同じくソニーで朝丘雪路さんが「ボイン三姉妹」の長女、坂本スミ子さんが次女で、私が三女だと言う人もいたのよ。
──ああ、そっちのほうが納得です(笑)。デビューからすでに完成されたボディだったんですね。
水沢 というか、中学の時から目立ってた(笑)。当時は今みたいにちゃんとしたブラがなく、Cカップを使ってました。なのに私、ウエストは56センチしかないので、洋服がきちんと合わない。だから、すごくデブに見えてたな。
──そして85年の終わりには、ついに待望の初ヌードが発表されました。これによって、まさしく「誰の心にも水沢アキ」が確立されたように思います。
水沢 その少し前に国広富之さんとの婚約破棄があって、女優業に本腰を入れなきゃなと思ったのが「初ヌード」の直接のきっかけ。
──写真としてのヌードはあっても、映画やドラマでの濡れ場はほとんどなかったですもんね。
水沢 それが、あるんですよ。テレビ朝日の「土曜ワイド劇場」で、夫役の尾藤イサオさんに抱かれそうになってもみ合っている場面で、乳首がちょっと出ていたというのが。
──おお、それはお宝シーンですね。
水沢 でもやっぱり私は、ヌードは写真に残してこそ芸術だと思っています。40代になっても写真集を出せたし、ずっと皆さんが話題にしてくれるのは光栄ですね。
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