11月に入り、朝晩の冷え込みが一段と身に染みるようになると、仕事帰りの赤提灯や大衆酒場で恋しくなるのが、湯気立ち上る燗酒だ。夏場の冷酒一辺倒から温かい日本酒へシフトする左党が増える時期だが、暖簾をくぐって開口一番「とりあえず熱燗で!」と大雑...
記事全文を読む→テリー伊藤対談「西郷輝彦」(2)西郷さんはアサ芸に感謝をしなきゃ
テリー そのあと、主演のテレビドラマ「どてらい男(やつ)」が大ヒット。あそこでまた西郷さんのイメージが変わりましたよね。
西郷 そうですね。あれが当たって本当に助かった、と思いました。
テリー えっ、そりゃまたなんでですか。西郷さんは今までずっとスターであり続けたじゃないですか。
西郷 そんなことはないですよ。あの頃はアイドルとしてのピークもとっくに過ぎていて取り巻きのスタッフもすっかり減りましたから、守ってくれる人もいないわけです。だったら、これからは1人で役者をやっていこう、と。
テリー 軸足を完全に変えるという決意を。
西郷 ええ、それまでにも映画に何本か出させていただいていて、興味がありましたからね。最後に出た「紅白歌合戦」で「蛍の光」を聞きながら「絶対役者になるぞ!」と決意を固めていたら、そこからすぐ花登筺先生から「どてらい男」の話をいただいたんですよ。あれにはビックリしました。
テリー 原作者からの直接の指名だったんですか。
西郷 はい。その前に花登先生の脚本・演出の舞台に出演していて、その時に花登先生から「どうや、やってみいひんか」と原作本を渡されたんですが、これが実におもしろくて一晩で読んでしまったんですよ。たしかアサヒ芸能さんで連載されていたんですよね。
テリー はい、当時大ベストセラーになりました。
西郷 翌日一番で先生に電話して、「この役、誰にも渡しません。ぜひ、やらせてください」とお願いしました。
テリー この1作で役者・西郷輝彦の存在を決定的にしましたからね。ということは、今の西郷さんがあるのはアサ芸のおかげなんだ。
西郷 そうですよね、アサヒ芸能さんには感謝をしないと。
テリー ハハハハ、僕に頭を下げられても。しかし、人気歌手から役者に移行すると環境もまた変わったでしょう。その辺りは大丈夫でしたか。
西郷 それまで付き人が何人もいてお世話をしてもらっていたのが、役者になると自分で荷物を持って、新幹線のチケットを買って現場へ1人で行くことになったんですが、これがもう無性にうれしくて(笑)。また撮影が終わったあと、スタッフの方たちと飲みながら演劇の話をしたりするのも楽しいんですよ。
テリー それが本来の自分だ、みたいな感覚があったんですか。
西郷 うん、僕はそう思ったんですが、その逆の話もありましてね。途中から「江戸を斬る」の撮影も始まって、月火水が大阪・関西テレビ、それ以外の日は京都で撮影していたんです。「江戸を斬る」では関口宏さんと一緒だったんですけど、そのうち彼が「クイズ100人に聞きました」の司会を始めましてね、京都に全然帰ってこない。会った時に「なんで帰ってこないんだよ」と聞いたら「だって役者は率が悪いじゃん」と言うわけですよ。
テリー え、「率」って何ですか?
西郷 「『100人──』は1日に2回分撮るんだよ、天気も関係ないしね。真冬に外で『よーい、スタート』なんて言われてもさ、やってられないよ」って。
テリー 関口さんは前に「役者の仕事は自分の中で見切りをつけた。演者としての伸びしろが自分にはあまりない」みたいなことをおっしゃってましたね。
西郷 いい味持っているのに残念だな、と思いましたけどね。僕自身は、そんなつらい部分も含めて、役者の仕事が好きなんですよ。
アサ芸チョイス
脳梗塞で療養中だった伊達みきお(サンドウィッチマン)が、10月31日の「サンドウィッチマンザ・ラジオショーサタデー」(ニッポン放送)で、2カ月ぶりに復帰した。「さあ、時刻はお昼の1時を回りました。こんにちは。サンドウィッチマンの伊達みきおで...
記事全文を読む→泉ピン子が訴えられた。映画製作会社「HumanPictures」が11月3日、所属監督の映画「AYUMI」と「養父」に出演したピン子に対し、損害賠償を求め2日付で東京地裁に提訴したと、公式Xで公表したのだ。問題が発生したのは、10月23日に...
記事全文を読む→毎日のように見聞きする「不正アクセスによる情報漏洩」のニュース。もはや情報漏洩していない企業のほうが珍しいんじゃないのってくらいだし、それどころか官公庁にまで被害は及んでいる。三菱UFJフィナンシャル・グループが、2027年3月までの開業を...
記事全文を読む→

