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「全員集合」が終わってからは声をかけてくれる人がいて、ドラマや舞台に出ることが多くなりました。高橋英樹さんの「遠山の金さん」はドラマの後、舞台にも呼ばれて、それから森繁久彌さんの舞台に出るようになった。1年のうち6カ月、舞台をやったこともあります。北島三郎さんの座長公演も3年くらいお世話になったかな。生出演の舞台はいいですね。
嬉しかったのは森繁さんの言葉。森繁さんが舞台をやっている時に、いかりやさんが「一度、紹介しろよ」って言うから、連れて行ったんです。「お世話になってます」といかりやさんが挨拶したら、森繁さんが「仲本をオレんとこによこせや」と。いかりやさんは「いやぁ、それは」って断ってたけど、森繁さんはボクを買ってくれてたんだなと。人生で一番の言葉ですね。
還暦を迎えてからは本来の音楽をやりたいと思うようになって、ヴィレッジ・シンガーズのメンバーと知り合ったのをきっかけに、全国に10カ所あるケントスグループの店でライブを始めました。それで知り合ったのが、歌手の三代純歌さん。現在の妻です。
高知の出身で、地元のライブハウス「アビーロード」でのライブの時に初めて会いました。彼女はDJやテレビのリポーターもやっていて、ライブ後に、彼女がDJをやっている番組に出てもらえないかと言われたんです。一度、電話出演し、その後、中野サンプラザに歌謡ショーのために来ていると連絡をもらって。それから「ケントス」でのボクのライブにも、高知から毎月上京してゲスト出演してもらったり。こぶ茶バンドの名古屋公演の時に呼んだら、曲を出すので詞を書いてほしいと頼まれて。それでできたのが、06年にボクがプロデュースした「恋待ちつぼみ」という曲。08年にはデュエット曲の「この街で」を出しました。この頃から、90歳で亡くなるおふくろとも会って「いい子だね」って気にいってくれてたみたい。
結婚したのは12年。出会ってから10年くらいかな。前年に加藤が再婚したのに触発されちゃって(笑)。純歌さんは高知時代に焼鳥屋やカラオケ店を5、6店やっていたから料理上手。自宅に40人くらい呼んで食事会を開いても、手際よくパッパッと作っちゃうの。来ていた人が「こんなにおいしい料理を作れるんだから、いっそのことお店をやったら」と言うので、15年に東京・緑が丘で「仲本家JUNKAの台所」という居酒屋と、隣に「ジュンカ&エミカ ナイトミュージアム」というカラオケの店を始めました。
お店には加藤夫妻が来てくれたり、高木さんも顔を出してくれる。モノマネの人やタレントさんも。
これからは、台本があって、きちんと打ち合わせもやるようなバラエティー番組にも出たい。舞台も機会があればやりたいですね。舞台はドリフ色を出せるから。それと、気楽に一人でやれるディナーショーもいいかな。
峯田淳(コラムニスト)
アサ芸チョイス
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