WBC準々決勝が行われたローンデポ・パークの三塁側ダグアウト。指名打者の大谷や控え野手がベンチ最前列に陣取り、グラウンドに向かって声をかける姿が、配信中継画面に映し出された。そのすぐ後ろに陣取っていたのがA氏だ。 「Aは侍ジャパンの公式ジャ...
記事全文を読む→黄金の「フェロモングループ」復活祭(4)ギリギリガールズ、ピンクサターンは…
フェロモングループの多くは、短時間で集められたメンバーだった。さらに浮かれた時代の空気にあおられて、忘れられない事件も多発したのだ。
スキャンダルの宝庫と呼べたのが、ブームのトップランクに君臨した「ギリギリガールズ」(91年デビュー)だ。その代表が、ミスチル・桜井和寿と結婚した吉野美佳(48)だろう。
「桜井には不遇時代から支えた糟糠の妻がいましたが、吉野が不倫の末に桜井に離婚を決意させました」(芸能レポーター)
桜井との略奪婚は00年だが、今なお豪邸建設を巡って高級住宅街の近隣住民と衝突するなど、トラブルは絶えない。
同じメンバーだった樹あさ子(48)は、体操銀メダリストの池谷幸雄と94年に結婚したが、わずか4年で離婚。その樹に関しては、もちづきる美(47)が、かつてアサ芸にこんな証言を残している。
「樹がすんごいわがままで『私がセンターじゃなきゃイヤ』とダダをこねる。スタッフが割り当てた水着が気に入らないと、最年少の荒井美恵子(47)に『美恵子はこっちにしい』と勝手に割り当て、もともと気が弱い美恵子は情緒不安定になっていった」
ギリギリが当時最大の「犬猿の仲グループ」と言われるゆえんだ。
斉藤りさと同じ「セクシーメイツ」に所属した染谷まさ美(48)は、96年の突発引退後に次々と醜聞が飛び交った。
「舞台俳優と同棲しながら、不動産業者との二股交際も報じられた。さらに木村一八や羽賀研二、火野正平など、芸能界でも名うてのプレイボーイとの関係も発覚しました」(芸能レポーター)
そんな染谷の名が大きく報じられたのは、さる新興宗教に洗脳され、一時は教祖として活動していた時。妖艶な姿はファンだけでなく、信者をもメロメロにさせていたようだ。染谷は現在、結婚して平凡な主婦として暮らしているという。
94年にデビューした「ピンクサターン」は、大胆極まりない衣装で世を騒がせた。うら若き3人の乙女が身にまとっていたのは、ハイレグとTバックを融合させた史上初の「Tフロント」である。
その後の「着エロブーム」の原型として先取りしたが、わずか3年で解散するなど、メンバーには大不評。アサ芸にもたびたび登場したが、発案者の事務所社長をメンバーが罵倒する姿が何度も目撃された。
さらに、アイドル番組でレギュラーだった華原朋美や宝生舞から「ピンクサターンだけにはなりたくない」と白い目で見られたものである。
最後は、イエローキャブが唯一手がけた「みるく」という3人組について触れておこう。まず話題となったのは、星野まり子(46)の発言だ。さるアイドルライターが言う。
「声を荒らげて『ストーカー被害に悩まされている。家に盗聴器が仕掛けられている』と繰り返したものの、売り出しのための自作自演ではないかとささやかれました」
それ以上の衝撃が、堀口綾子が95年4月19日、22歳の若さで首つり自殺を図ったことである。
「その前月まで『スーパージョッキー』(日本テレビ系)のレギュラーを務めていましたが、降板直後の自殺で騒然となりました。仕事の方向性を巡って事務所と衝突したとか、男性問題で悩んでいたとか言われましたが、真相は今も藪の中です」(アイドルライター)
一つの幕引きとなる象徴的な出来事であった──。
アサ芸チョイス
阪神ファンゆえに、イジメにあう。そんな子供時代を過ごしたのは、タレントの千秋だ。今でこそ猛烈な阪神ファンのタレントとしての地位を築いているが、そこに至るまでにはツライ体験があったという。それは3月14日の「せやねん!」(MBSテレビ)で、W...
記事全文を読む→毎年ホワイトデーにオリコンニュースから発表される「男性が選ぶ恋人にしたい有名人ランキング」。19回目となる今年の1位に輝いたのは、吉岡里帆だった。5年連続1位獲得により、吉岡は今回で「殿堂入り」となった。庇護欲をくすぐる困り顔、柔らかそうに...
記事全文を読む→小栗旬が年内公開の日米合作映画「バッド・ルーテナント:トウキョウ」で、ハリウッド女優リリー・ジェームズとダブル主演する。同作は1992年の「第45回カンヌ国際映画祭」で話題になった映画「バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト」(アベ...
記事全文を読む→

