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記事全文を読む→石田ゆり子「25歳の写真」公開で蘇る石黒賢との「結婚寸前の破局」騒動/壮絶「芸能スキャンダル会見」秘史
近年ではCMでの「宝くじ売り場」の店員さん役がすっかり板についた、石田ゆり子。そんな彼女が昨年12月28日、「写真を整理していたら、こんなのが出てきた」とのコメントとともに、3枚の写真を自身のInstagramにアップ。その1枚には「たぶん25歳ごろのわたし。なんか私じゃないみたい。細かったなぁ、と思う」とコメントを添えた初々しいカットがあり、ファンの間で大きな話題になった。
彼女の25歳の写真を目にし、ふと私の脳裏に蘇ったのが、当時、石田と結婚間近と言われていた俳優・石黒賢との熱愛報道だ。
2人は92年、ドラマ「さよならをもう一度」での共演をきっかけに交際をスタートし、ほどなく熱愛が発覚。94年1月24日、会見を開いた石田は交際を認めた上で、
「まだプロポーズはありませんが、自分の気持ちも中途半端ではないですし、お付き合いも3年目ですから、そうなったらいいですね」
と、結婚を前提にした付き合いであることを宣言。彼女の右手薬指には「昨年の誕生日にもらいました」というゴールドの指輪が輝き、
「私は1人でいるのが好きなんですが、彼と出会って2人でいる楽しさが初めてわかりました」
満面の笑みでそう語ったものである。
そこで、自宅前で石田の父親を取材すると、
「結婚というのは、こちらと先方のご両親、そして当人たちの問題。身内のことなので、お答えできません」
としたものの、
「石黒君には好感を持っている」
と笑顔で対応。一方、石黒の母もインターホン越しに、
「(石田は)自分の考えをしっかり持っている、素晴らしい方。反対する理由はありません」もろ手を挙げて賛成している、という様子だった。
その後も2人の交際は順調に進んでいたようで、今度は石黒が5月17日に行われた芸術座の舞台「がしんたれ」の制作発表会見で、
「僕はウソをつきたくないし、隠すのは嫌いですから」
と前置きしてから、
「(結婚は)この仕事が終わって考えます。早ければ年内に(プロポーズが)あるかもしれないけど、1人で決められることではないので、話し合いをしなければ」
当然ながら、多くの芸能マスコミが2人の結婚は間近だと伝えたのである。
ところが、である。ほどなくして2人は破局。ゴールインできなかった理由については、石黒のギャンブルや移り気な性格、あるいは石田の不貞説など、様々な憶測が流れた。だが、どれも裏取りできるような話ではなかった。
その後、石黒は成城大学で同級生だった女性と結婚。一方の石田は、53歳にして未婚の奇跡的美女として、現在も注目されている。
さて、彼女がInstgramにアップした、25歳の憂いを帯びた笑顔の奥に秘めた思いとは…。
(山川敦司)
1962年生まれ。テレビ制作会社を経て「女性自身」記者に。その後「週刊女性」「女性セブン」記者を経てフリーランスに。芸能、事件、皇室等、これまで8000以上の記者会見を取材した。「東方神起の涙」「ユノの流儀」(共にイースト・プレス)「幸せのきずな」(リーブル出版)ほか、著書多数。
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