止まらない物価高の影響で、SNSやYouTubeでは「節約」というキーワードがあふれている。特によく見かけるのが「まずは固定費を削れ」という節約術だ。確かに通信費や保険料、サブスクなどの固定費を見直せば、自動的に毎月の支出が減るため、効果は...
記事全文を読む→ガン死!鮎川誠にYMOがもちかけた「一緒に作らないか」で爆発ヒット/日本音楽シーン「名作裏面史」
シーナ&ロケッツ(以下、シナロケ)のギタリストでボーカルの鮎川誠さん(享年74)が1月29日、膵臓ガンのため死去した。公式サイトによれば、鮎川さんは昨年5月に膵臓ガンが判明。医師から「余命5カ月程」との宣告を受けていたが、いっさい病気を公表せずに全国ツアーを続行。その理由が、シーナさんに対する思いだったという。
サンハウスのギタリストだった鮎川さんが、妻のシーナさん(故人)らと共に福岡から上京後、シナロケを結成。1stシングル「涙のハイウェイ」(エルボンレコード)でデビューしたのは79年3月だった。
サンハウス時代には故・高橋幸宏さんが在籍するサディスティック・ミカ・バンドとコンサートで一緒になったこともあり、東京でのライブ開催時、客席には高橋さんの姿が。するとライブ終了後に「君たちの音楽はおもしろいね。細野(晴臣)さんにも紹介したいから、一度遊びに来ない?」と誘われた。YMOがクリスマスに開催する、業界向けお披露目ライブに参加することになったという。
だが、縁というのはわからないものだ。今度は細野から「僕らと一緒にレコードを作らないか」との打診があり、シナロケはアルファレコードに移籍。そして細野、高橋、坂本とコラボしたアルバムが、のちにJALのCMソングに起用され、爆発的なヒットとなる「ユー・メイ・ドリーム」を含む「真空パック」(79年10月)だったのである。
とはいえシナロケの本領は、あくまでもジェームズ・ブラウンやキンクスに通じる、単純な歌詞と粗削りな演奏のロックンロール。そのため、ニューウェーブ調のサウンドに違和感を覚えたサンハウス・ファンもいたようだが、鮎川さんが放つ鋼のビート魂はむろん、健在。それを支える鉄壁のリズム隊。炸裂するシーナのナスティでキュートな歌声は、今聴き返しても傑作というほか、言葉が見つからない。
生前、鮎川さんはインタビューでこう語っている。
「オレがギターを弾くのはファンのため、なんてかっこつけて言うたこともあるけど、全然違った。オレはシーナに向けて弾いていた。シーナに褒められることがうれしかった。オレよりも5つも年下なんだけど、母親みたいな存在やった」(朝日新聞デジタル・20年03月18日)
最後のライブは昨年12月19日、京都のライブハウス「磔磔」で。そして鮎川さんは3人の娘たちに見守られ、眠るように息を引き取ったという。友人の武田鉄矢はこうコメントしている。
「本当に愛妻家だったので、今まっすぐ向かっていると思います。マコちゃん、シーナとまた会えて良かったね」(デイリースポーツ・1月30日)。
冥福を祈りたい。
(山川敦司)
アサ芸チョイス
11月8日、歌手・島倉千代子(享年75)が肝臓ガンで死去した。島倉といえば、演歌の王道を歩むように、その生き様は苦労の連続だった。中でも、莫大な借金返済で味わった地獄は理不尽極まりなかったようで──。島倉は、男を信じて手形の保証人となったせ...
記事全文を読む→BABYMETALやYOASOBIの成功を見て分かるように、今でこそ日本人が日本語で歌う曲が海外でもヒットすることは珍しくなくなった。しかしインターネットもSNSもない昭和期においては、極東の島国の楽曲が欧米のチャートを賑わすなんてことは皆...
記事全文を読む→モデルで女優の出口夏希が、俳優・伊藤健太郎と交際中であると、「女性セブン」などが報じている。2人は2023年に公開された映画「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。」で共演し、今年公開の同作の続編「あの星が降る丘で、君とまた出会いたい。」で...
記事全文を読む→

