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記事全文を読む→「幸福の科学」大川隆法総裁が展開した「講談社・フライデー」無言電話攻撃と「自宅侵入」騒動
幸福の科学の創始者、大川隆法総裁が66歳で亡くなった。80年代半ばの発足以来、キリスト、孔子など歴史上の人物が大川氏の口を通じて語る霊言集などを出版し、組織を拡大していったが、この草創期に大騒動が起きた。
91年9月2日に始まった、いわゆる「講談社・フライデー事件」は、フライデーなど講談社グループへの、組織を挙げての大々的な抗議行動だった。
当時、「フライデー」は大川氏の霊言集や組織作りなどに対する批判を展開していた。これに猛反発した教団側が、社長退陣などを叫んで立ち上がったのだった。
「9月2日の朝から幟を持った信者らが、新社屋になる前の講談社ビル前に押しかけ、猛抗議をスタートさせました。『退陣!』の声を上げるとともに、知られているのは大量のファックス攻撃です。講談社や『フライデー』を罵る手書きのファックスが途切れることなく延々と流れ、電話での抗議、無言電話も昼も夜も間断なく続き、講談社グループ各社はその対応に追われ続けました。原稿の送受信ができず編集作業が滞るので、新たにファックスを増設したら、その番号もすぐにわかってしまい、ファックスが流れ続けました。そのため、社内にも信者がいるに違いないと、犯人探しも行われた。電話をかけてきた信者に『教団の指示か』と尋ねると無言になるか、完全に否定されて堂々巡り。それが週末まで続いたのです」(当時を知る関係者)
抗議行動はある時間を境に、ピタッと止まった。やっと抗議から解放されたと安堵した担当者らが自宅に戻ると、玄関のドアが蹴飛ばされていたといったことも起きた。さらに、
「帰宅して玄関を開けたら、同居人が『キャー』と叫ぶ大きな声がしました。何者かが開いた玄関から飛び出していき、ビックリしながら事情を聞くと、ベッドに寝ていたら上からライトを照らされ、怖くて声を上げたというのです。いまだにそれが何者だったのかはわからないけど、あのタイミングということは…。恐怖感が半端じゃないので、翌日、とりあえず警察に被害届を出しました」(前出・当時を知る関係者)
新聞、テレビも大騒ぎで、日本列島が幸福の科学一色になった1週間だった。
騒動後、幸福の科学側は記事の違法性、講談社側は抗議行動の違法性を主張して、訴訟合戦に発展した。
その後の幸福の科学は信者を増やし、世界に組織を拡大。幸福実現党を組織して、政治活動も展開している。あれから30年以上の月日が過ぎ、ついに大川総裁がみまかったのである。
アサ芸チョイス
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