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記事全文を読む→借金2000万円をかぶっても…内村光良が徳永有美との「略奪婚」を貫いたのはなぜか/壮絶「芸能スキャンダル会見」秘史
もともとアナウンサーという職業の女性が好きだったのか、たまたま付き合った相手に女子アナが多かったのか…。元フジテレビの八木亜希子や、テレビ朝日・下平さやかアナと交際し、かつては「女子アナキラー」と言われた「ウッチャンナンチャン」の内村光良が、すったもんだの末、テレビ朝日の徳永有美アナとの結婚発表記者会見を開いたのが、2005年3月25日だった。
2人は同局の番組「内村プロデュース」での共演をきっかけに親密になったのだが、当時、徳永には2001年7月に結婚した同期入社のディレクターの夫がいたことで、人気アナの不倫発覚(2003年4月)で、局内には激震が走った。
彼女は「スーパーモーニング」などの担当番組を降板し、アナウンス部兼務でスポーツ局に異動することになるのだが、テレビ朝日関係者は筆者の取材に、こう語っていた。
「寝耳に水だった夫の怒りは激しく、一時は彼女に『テレ朝を退社しないと法的措置をとる』と、告訴も辞さない構えだったと聞いています。結局は徳永がマンションのローン残金2000万円を支払うことで、協議離婚に合意したようです。結婚から2年足らずで仲もよかったし、局内でも『あの徳ちゃんがなぜ?』という話でもちきりでしたね」
不倫発覚後、2人はしばらく距離を置いていたようだが、徳永の離婚成立後、内村から連絡して交際が復活。2年の時を経て、晴れてゴールインとなったわけである。
会見場に黒いスーツと白いシャツ姿で現れた内村は、紆余曲折を振り返り、
「(彼女が離婚後)本格的に付き合うようになったのは1年くらい前で、僕のマンションでした。それで頻繁に会っていた昨年夏に『フライデー』に撮られてしまって、しばらく会うのは自粛しようということで、それから会っていない時期がありました」
ただ、毎日の電話だけは欠かさず、
「2年間、いろいろ言えないことも多いけど、目標を通してやっていこうと決めていました。(結婚を)発表できるまで頑張っていこうと、運命共同体みたいな感じだった」
徳永との付き合いの中で深い絆が生まれた、とも語ったのである。
これまでも女子アナや芸能人との交際が伝えられたものの、結婚に至らなかった内村が不倫を経てもなお、彼女を選んだ理由はどこにあったのか。徳永はこう答えた。
「う~ん、そうですね。恥ずかしいな…。すごく一途なところかなぁ。こうと決めたら、その道を貫いていくサムライみたいな…男前、気っぷですね」
まさに、女の一念岩をも通す。お笑い界のモテ男に結婚を決意させたのは、新婚家庭を捨て、仕事も辞め、内村との愛を選んだ、この徳永の覚悟にあったのである。
(山川敦司)
1962年生まれ。テレビ制作会社を経て「女性自身」記者に。その後「週刊女性」「女性セブン」記者を経てフリーランスに。芸能、事件、皇室等、これまで8000以上の記者会見を取材した。「東方神起の涙」「ユノの流儀」(共にイースト・プレス)「幸せのきずな」(リーブル出版)ほか、著書多数。
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