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記事全文を読む→ブチ切れ中居正広が稲垣吾郎に鉄拳制裁を食らわせた「恥ずかしい過去」
今年はSMAP誕生から35周年の節目の年。1987年に光GENJIのバックダンサーであるジャニーズJr.内の「スケートボーイズ」として結成され、翌88年に20人ほどいた中から6人が選抜。SMAPと命名された中居正広、木村拓哉、稲垣吾郎、森且行(現在はオートレーサー)、草なぎ剛、香取慎吾は91年にCDデビューした。
アイドル氷河期にデビューした6人は、生き残ろうと必死。89年に土曜昼のバラエティ番組「アイドル共和国」(テレビ朝日系)にレギュラー出演できたが、先輩の光GENJI、同世代のTOKIO(当時はTOKIO BANDとSMAP学園の2グループ)、平家派など元ジャニーズグループが多数いたため、いつメインの座を奪われるかわからない状況だった。
どんな些細なチャンスも逃さない。そんな共通の認識のもと、新企画「絶叫マシンに挑戦」がスタートした。絶叫マシンに乗ってレポートする、今では使い古された体当たり系だ。当時、リーダーの中居は17歳で稲垣は15歳。初回収録の日、中居は企画を成立させるために気合十分だったが、人一倍怖がりの稲垣が「俺はやらないよ、俺は絶対にやらない!」と言いだした。ジェットコースターを目の前にしても頑として譲らなかったため、収録は中断。メンバーはいったん控室に戻った。それを取材していたアイドル誌ライターは当時をこう振り返る。
「控室で中居が、『吾郎、チャンスなんだ。これをきっかけに頑張っていかないと』と説得したんですが、稲垣は『嫌なんだよ!』と逆ギレして手鏡を投げました。手鏡は木村の耳元スレスレを通過して落下。壁に当たって、バリーンという破裂音とともにこなごなになった瞬間、中居が立ち上がって『ふざけんな。仕事なんだよ!』とパンチ。中居が稲垣に手を上げたのは、生涯この1度きりです」
収録が再開。怖がりながらもジェットコースターに乗車していく6人だったが、稲垣は「俺、スタート(の合図を出す役を)するから」と乗車拒否してカメラからフレームアウト。乗車しない意思表示として手を振って、「スターター、務めます」と最後まで逃げた。
このころ、稲垣は学校でもグループでも協調性に欠けていた。しかし、メンバーで最も早く連ドラ主演を務めたのは稲垣だったのだから皮肉なものだ。
SMAPが解散して今年の大みそかで丸7年。アラフィフになった元メンバーにとっては赤面の過去に違いない。
(北村ともこ)
アサ芸チョイス
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