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記事全文を読む→アンディ・フグ白血病死4時間前の「危篤声明」に起きたどよめき/スポーツ界を揺るがせた「あの大問題発言」
突然降り出した雨が、まさに鉄人と呼ばれた男の無念さを物語っているようだった。
2000年8月24日、格闘技イベント「K-1」黎明期からその人気を牽引してきた格闘家アンディ・フグが、急性前骨髄球性白血病により、入院先の日本医科大学付属病院で亡くなった。享年35。
ヨーロッパの空手会では敵なしだったアンディはK-1参戦後、1996年に優勝。1997年、1998年には準優勝という強さを誇る。「ミスターK-1」と呼ばれ、人気を博した。
そんなアンディが危篤状態にある、との発表が突如、正道会館東京本部で行われたのは、同日午後2時15分のことだった。そして、半信半疑で集まった記者たちの前で読み上げられたのは、アンディからのこんなメッセージだったのである。
「ファンの皆さん、突然このような状態に私が陥ってしまったことで、大変ショックを与えたかと思います。私自身、ドクターから症状を聞いた時には非常にショックを受けました。しかし、私は今、自分が陥っている状況をファンの皆さんに告げることで、ファンの皆さんとともにこの病気と闘っていきたいと思います。今度の敵は私が闘った中でも一番の強敵です。しかし、私は勝ちます。ファンの皆さまの声援をパワーにして、リングと同じ時のように、最大の強敵に勝とうと思います。10月の大会は残念ながら出られませんが、日本でこの病気と闘い、いつの日にか必ず皆さんの前に現れたいと思います。頑張ります。押忍」
まさに青天の霹靂。この「衝撃発言」に、報道陣からは驚きの声とどよめきが上がったことは言うまでもない。だが、47戦33勝、うち22回がKOというその強さに「鉄人」の異名を持つアンディだ。今度の強敵にも必ず打ち勝ってくれるはず、誰もがそう信じて疑わなかった。
しかし、会見からわずか4時間後の午後6時21分。そんな願いが打ち砕かれてしまった。
病院で再び会見に臨んだ石井館長によれば、臨終の間際も角田信朗らが「試合はまだ終わってないぞ! アンディ、ハンズアップ!(構えろ!)」と声をかけると、アンディは3度も心肺停止状態から回復。しかし、4回目にはついに力尽き、担当医師から「残念ですが、ドクターストップです。もう休ませてあげましょう」との言葉が。
人工呼吸器が外され、最後は敗れてしまったものの、最後の最後までファイターとして懸命に闘い続けた。その姿はファンの心の中で、いつまでも消えることのない記憶として残っている。
病名を聞いた時、「死ぬ時は日本で死にたい」と語ったという本人の希望で、葬儀は、麻布の善福寺で日本式により営まれ、8月27日の告別式には、関係者を含め1万2000人の一般ファンも参列した。35年という短い生涯。だが、アンディは間違いなく、最後までヒーローだったのである。
(山川敦司)
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