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記事全文を読む→サッカー取材で最も感動的だった瞬間「28年ぶり五輪出場」の死闘!その時、中田英寿は「別の世界」にいた
サッカーの取材で最も感動した瞬間は何か。そう聞かれたら、個人的には28年ぶりに五輪出場を決めたシーンだと答えたい。
マレーシアで行われた1996年アトランタ五輪最終予選には前園真聖、城彰二、中田英寿らが出場。過去最強と言われた日本はグループリーグを勝ち進み、1996年3月24日の準決勝で「最終予選の最強国」と言われたサウジアラビアと対戦する。勝てばアトランタ五輪出場が決まる大一番となった。
試合は前半と後半に前園がゴールを決めたものの、サウジアラビアが1点を返すと、一気にサウジのペースに。荒れたピッチや猛烈なスコールが選手の体力を奪っていった。
後半の中盤以降は防戦一方。GK川口能活がスーパーセーブを連発し、サウジの猛攻に前園ら攻撃陣が足をつりそうになりながら、死にもの狂いの守備を見せた。
そして終了のホイッスル。日本は2-1で勝利し、1968年のメキシコ五輪以来、28年ぶりに五輪出場を決めた。死力を尽くした選手や代表スタッフ、サッカー協会の広報担当は号泣。この光景に筆者も、もらい泣きしそうになった。
筆者はジョホールバルで初のW杯出場を決めた瞬間、現場にいたが、あの時は感動というより、文字通り歓喜だった。あまりに劇的な結末に、感動を飛び越えて歓喜した。その瞬間はW杯出場という現実感はあまりなかった。泣いていた選手もいなかったと思う。
一方、28年ぶりの五輪出場はJリーグ発足後、初めて世界の壁を動かした…という感慨深いものがあった。選手はもちろん、スタッフ、協会関係者が喜びの涙を流したのは理解できる。
そんな中で、中田だけは別の世界にいた。当時19歳の中田は「五輪出場は目標ではない」と語っていたが、試合後も表情ひとつ変えず、淡々としていた。それは翌年11月、ジョホールバルで見た光景でもあった。
(升田幸一)
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