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記事全文を読む→【「生ける伝説」騎手がついに引退】自己破産に飛行機墜落、1日7連勝でブックメーカー破産寸前…デットーリの超波乱人生
10月30日、世界的名手のランフランコ・デットーリが自身のXで、11月1日(日本時間2日)アメリカ競馬の祭典・ブリーダーズカップの騎乗をもって、1985年から続く自身の騎手キャリアを終えることを発表した。
デットーリといえば、日本でも知られた高い騎乗技術の持ち主であるが、それ以上に数々の「伝説」を打ち立ててきたことでも有名だ。今こそ、その波乱に満ちた足跡を振り返ってみたい。
① ブックメーカーに1日で60億円以上の損失
まだデットーリが25歳だった96年9月28日、英アスコット競馬場での全7レースに騎乗し、史上初めてすべてのレースで1着を記録。これは「マグニフィセント(崇高な)・セブン」とよばれ、競馬界で史上最高のニュースと呼ばれた。たまったものではないのが、レースの結果をかけの大賞にしているブックメーカー各社。全レースの勝ち馬を的中させる複式馬券のオッズは約2万5000倍に達し、支払い義務を負うブックメーカーは、各社総額で推定4000万ポンド(当時のレートで60億円以上)の損害を被った。
ちなみに最終レースの騎乗馬・フジヤマクレストは、引退したあと、デットーリみずからが購入し、余生を一緒に過ごしたという。
② 日本で前人未到の2日連続GⅠ勝利
イギリスやドバイを中心に活躍し、近年はアメリカを主戦場としていたデットーリだが、日本競馬とも縁が深い。特にジャパンカップでは、日本馬に比べて圧倒的に不利な外国馬にまたがって3勝(武豊、C・ルメールに次ぐ歴代3位)している。
そのうち、2勝目を挙げた2002年は、土曜日のジャパンカップダート(現在はチャンピオンズカップに改名)をイーグルカフェ、日曜日のジャパンカップをファルブラブで2日連続G1勝利の快挙を成し遂げている。デットーリは07年6月にも、英ダービーと仏ダービーで、国をまたいで2日連続GⅠを制する「連続Vの申し子」なのだ。
③ 飛行機事故から奇跡の生還
29歳だった00年、イギリスのニューマーケット競馬場から同国内のグッドウッド競馬場に向かう飛行機に搭乗するも、同機は離陸直後に墜落し炎上。パイロットは即死したが、同乗していた騎手、レイ・コクレインが意識を失っていたデットーリを引きずり出し、2人は九死に一生を得た。生き延びたデットーリは翌01年にエリザベス2世女王から大映勲章を贈られるが、その後自宅に空き巣に入られた際に勲章を盗まれている。
④ 1度目の引退発表と撤回
22年12月に、イギリスの競馬メディアのインタビューで「来年がジョッキーとしてのプロ最終年になる」と引退発表。その裏には、長年のパートナーだった英調教師ジョン・ゴスデンとの軋轢、関係解消があったとされるが、引退騎乗ツアーで訪れたアメリカ競馬の水が合った様で、引退を撤回し現役続行を宣言。ゴスデンともその後ヨリを戻し、再びタッグを組んでいる。
⑤ めっちゃ稼いでるはずが自己破産申請
数々のレースで高額賞金を稼ぎながらも、長年にわたり財務管理を怠り、脱税状態にあった。今年3月に自己破産申請をしたことを明らかにした。本人は、「他の人々は財務問題にもっと強い手綱を取るよう助言する」と騎手らしい反省の弁を述べた。
勝利後に騎乗で立ち上がり馬から飛び降りるパフォーマンスでも知られるデットーリ。誰もが惜しんだ引退後にははたして何処に飛んでいくか…。
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