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記事全文を読む→これでいいのか「ちびまる子ちゃん」!Adoが「おどるポンポコリン」を歌うのは歌唱テクのミスマッチ
「サザエさん」とともに日曜18時台を飾る国民的アニメ「ちびまる子ちゃん」(フジテレビ系)。作者さくらももこの体験をもとに、小学3年生の「ちびまる子ちゃん」の日常生活を描いたエッセイ風コメディー漫画がテレビアニメ化されたのは、1990年1月。アニメもコミックも大好きな私だが、まさか35年も続く長寿番組になるとは思わなかった。
当初こそ、昭和世代であれば「あったあった」と懐かしい「ヨーヨーチャンピオン」「ローラースルーゴーゴー」「不幸の手紙」「ノストラダムスの大予言」「仮面ライダースナック」(それぞれ、なんのエピソードで扱われたかは、ファンならわかるはず)を取り上げたストーリーや、あの時代を「小学生」として生きた者ならば誰もが共感できる展開に毎週、笑い(時に涙して)楽しく見ていた。
しかしここ最近は、令和の視聴者に合わせてだろうか、「なんとなく昭和風な街並みと生活環境の中で、いつものキャラクター達が繰り広げる普通の日々」みたいな雰囲気ものの話が多い気がして、長年のファンとしてはやや不満気味。
しかも先日、オープニング曲「おどるポンポコリン」が、12月28日放送回からAdoが歌うバージョンに変更されると発表されたものだから、さらに私の「ちびまる子ちゃん離れ」が進みそうだ。
「おどるポンポコリン」といえば、古い世代にとっては元祖である「B.B.クィーンズ」のバージョンがお馴染み。その後も「ManaKana&泉谷しげる」「木村カエラ」「E-girls」「ゴールデンボンバー」「ももいろクローバーZ」らによって歌い継がれ、愛されてきたわけだが…。
Adoファンには申し訳ないが、個人的に彼女の「感情を込めているように聞かせる歌唱テクニック」が苦手だ。1曲の中で様々なテクニックを使う彼女の歌唱力は確かに高いとは思うけど、下手でもいいから「抑えきれない初期衝動」とか「あじわい」が感じられるような歌を好む私からすれば、その良さがどうにもわからないのだ。
そんな私でも、水木しげる没後10年企画の一環として、今年4月から9月まで放送された「ゲゲゲの鬼太郎 私の愛した歴代ゲゲゲ」(フジテレビ系)で、オープニング曲「ゲゲゲの鬼太郎」を「ゲ、ゲ、ゲゲゲのゲー!」とAdoが歌うバージョンを聴いた時は「悪くないね」と思った。でもそれは、あの歌詞と「鬼太郎」という作品が持つ暗さや、妖しさといった世界観に、Adoというキャラクターがマッチしていたからにほかならない。
まだ聴いてもいないのに言うのもなんだが、「ちびまる子ちゃん」という作品と「おどるポンポコリン」という楽曲が発する、明るくて元気ながらも脱力系のゆるい笑いを伴った空気感に、Adoの歌唱は合わないように思うのだ。
ところで、この「おどるポンポコリン」を作曲した織田哲郎(作詞:さくらももこ)は当時、「ちびまる子ちゃん」という作品が持つ「すげー変なところ」「毒があるところ」といった側面を本曲に込めたのだそうだ。
なるほど、「すげー変」と「毒」というキーワードだけを取り上げれば、あながち今回の人選は的外れではないかもしれない。でもAdoにいつものがなり声で「ピーヒャラ、ピーヒャラ」と歌われた日にゃ、あたしゃチャンネル変えちゃうよ。
(堀江南/テレビソムリエ)
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