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記事全文を読む→〈豊臣秀長プロファイル〉兄を天下人にした超ナンバー2伝説/豊臣兄弟もびっくり!歴史を動かした「日本の兄弟」
豊臣秀吉は、天文6年(1537)に尾張国愛知郡中村に生まれ、弟の秀長は3歳年下。足軽だった秀吉は清須城の修復などで織田信長に認められ、家臣として出世の階段を上っていく。一方、兄のツテで織田家に仕えた秀長は、やがて兄の側近となり、秀吉が天下人に上り詰めるまで側で仕え続けた。
戦国時代や大河ドラマ解説などで人気の歴史系ユーチューバーで、『マンガと図解と地図でわかる! 豊臣秀長 徹底解説』(主婦の友社)の著者ミスター武士道氏は、
「歴史好きの人以外にはあまり知られていない存在ですが、秀長なしに、秀吉の天下取りはなかったと言ってもいいくらい重要な役割を果たした人物です」
とその功績を称える。
歴史作家の河合敦氏が解説する。
「秀長は豊臣政権の安定に大きく貢献した人物。本能寺の変の後、兄秀吉の名代、豊臣軍の大将として、四国平定や九州平定などの数々の戦いを指揮し、勝利に導きました。他方、外様大名との調整や接待など、いわゆる外交面でも手腕を発揮。“総理大臣”の秀吉を支える“官房長官”であり、“外務大臣”で“防衛大臣”の役割をも果たした、秀吉の補佐、『右腕』だったと考えられます」
“人たらし”と言われた秀吉と同じような魅力的な性格だったに違いない。
「秀吉は直接戦わないで、相手を降伏させる、調略や水攻め、兵糧攻めを好んだが、秀長もそれを真似ていました」
と河合氏は指摘して、こう続ける。
「紀州平定の際も秀長は雑賀衆らに事前に条件を提示して、その条件を吞めば命は助けるという交渉をして、戦わずして降伏させました。秀吉の名代、豊臣軍の大将としての地位を得たのは、信頼できる唯一の弟という側面もありましたが、秀長自身、軍事的にも外交的にも優れて高い能力を備えていたのだと思います。島津氏に攻められた大友宗麟が大坂にやってきて助けを求めた時、『秀吉に話があれば、私的なことは千利休に、公的な案件はこの私に相談しなさい』と言ったとされ、秀吉が秀長に相当な権限を与えていたことがわかります」
河合敦=歴史作家。多摩大学客員教授、早稲田大学非常勤講師。1965年、東京都生まれ。「歴史探偵」(NHK)をはじめ多くのメディアに出演。『大久保利通 西郷どんを屠った男』『戦国武将臨終図巻』(小社)、最新刊『豊臣一族秀吉・秀長の天下統一を支えた人々』(朝日新書)など著書多数。
ミスター武士道=1990年、三重県生まれ。歴史系YouTuber。2019年に歴史解説チャンネル『戦国BANASHI』を開設。戦国時代を中心に、日本史や大河ドラマ解説が話題となり、登録者20万人を超える人気チャンネルに。https://www.youtube.com/sengokubanashi
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