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記事全文を読む→プロ野球「オンオフ秘録遺産」90年〈プロ野球史上初の代打逆転サヨナラ満塁ホームラン〉
仲間たちによる、祝福の胴上げは終わらない。満員の後楽園球場が揺れた。ひっくり返るような大騒ぎとなった。
大ヒーロー、巨人・樋笠一夫が輪の中心にいた。中日のエース・杉下茂が背を向けたままベンチに戻った。
1956年3月25日、後楽園球場での巨人対中日3回戦で、34年にスタートした日本のプロ野球史上初のドラマチックな一打が生まれた。
代打逆転サヨナラ満塁本塁打─。
中 0 0 0 0 0 0 1 0 2=3
巨 0 0 0 0 0 0 0 0 4=4
56年はパ・リーグが8球団となり、154試合を消化しなければならなかった。このため両リーグの開幕がかなり早まり、春まだ浅い3月21日から始まった。風はまだまだ冷たい。
巨人は24日から、後楽園球場に中日を迎えての3連戦である。
第1戦は別所毅彦を立てるも、3対6で敗れた。25日はダブルヘッダー。第1試合で、大友工が2対1で完投勝利を収めた。
ダブルヘッダー第2試合の3戦目は、両軍にとって大事な一戦となった。
午後3時25分プレーボール。
巨人の先発は右腕・安原達佳。中日もやはり右腕の大矢根博臣である。
安原は7回2死までパーフェクト。完全試合を意識した観客が拍手を送った。
それもつかの間、続く杉山悟が3-0から左翼席に先制の一発を運んだ。
巨人のバックはこの安原を援護できなかった。1回1死二塁、2回2死一、三塁の好機を逃し、さらに3回の1死一、二塁では、川上哲治が投ゴロ併殺に倒れた。
中日は9回にも3安打を集めて2点を奪い、ダメを押した。安原はKO。一方の大矢根は8回まで0点に抑えて、完封勝利は目前だった。
巨人は9回、大矢根に食らいついた。先頭の加倉井実が中前打で出塁すると、土屋正孝が11球粘って四球を選び、無死一、二塁となった。これが大きかった。
中日の監督・野口明は満を持して、スタンバイしていた右腕・杉下の名前をコールした。日本球界初のフォークの使い手である。脂の乗った30歳だ。
続く広岡達朗の一打は平凡な遊ゴロで、併殺と思われたが、岡嶋博治がエラーして無死満塁となった。
杉下は藤尾茂を三振に切って落とした。ここで巨人の監督・水原茂が動いた。投手・義原武敏の代打に36歳となる右の樋笠を送った。
樋笠は香川県・高松中(現高松高)から陸軍士官学校を経てプロ入りした、異色の経歴を持つ。ポジションは外野だ。
49年12月、新球団広島の監督・石本秀一は、選手集めに奔走していた。樋笠がその目に留まった。勧誘に応じ、1年契約で広島のユニホームに袖を通した。
30歳の新人は50年に21本塁打、72打点でチームの二冠王となった。契約通り1年で退団して帰郷した。
しかし、翌51年に巨人から激しい入団の要請があり、6月に巨人入りした。その打力を高く評価したのだ。
1球目は真ん中高めの速球だった。豪快に空振りした。2球目も低めの速球でボール球となった。
杉下は速球で押していた。樋笠は次も速球でくると読んだ。3球目は1球目と同じような球だった。
思い切り叩いた。打球は快音を残して左中間スタンドへと飛び込んだ。
午後5時25分だった。
3点差を一気に引っ繰り返す、いわゆる釣銭なしの代打逆転サヨナラ満塁弾だ。
全速力で三塁を回ってきた、樋笠に水原が抱きついた。全ナインが本塁に殺到した。祝福の胴上げが始まった。
「真ん中高めの速球。見逃せばボールだったかもしれない。初球、ボクが空振りしたのと同じような球だった。このへんでカーブかフォークボールで打ち気を外すのが常道だが、裏をかくつもりで得意のコースに投げ込んできたのだろう。杉下君もちょっと自信を持ちすぎていたようだ」(翌日の読売新聞に掲載された樋笠のコメント)
樋笠は変化球を苦手としており、速球に狙いを絞っていた。杉下も察知していたが、決め球のフォークを封印した。
フォークの元祖である杉下だが、ここ一番の場面、川上のような強打者を迎えた時にしかフォークを使わなかった。
樋笠は巨人移籍1年目の51年、初めて出場した試合の最終回に代打で出場し、杉下から本塁打を放っている。
投手は抑えた打者よりも、打たれた打者をいつまでも記憶している。杉下は以降、樋笠を封じてきた。
だが、ここでは速球を待っている樋笠に対して、剛速球で勝負に出たのだ。力には力で応じたのである。
打ちも打ったり、投げも投げたりだ。
当時の巨人外野陣は青田昇、与那嶺要、坂崎一彦、南村侑広らがそろった布陣で、樋笠のスタメンは少なかった。
その数少ない出場チャンスで、しばしば殊勲打を放ってチームに貢献した。巨人の見る目は鋭かった。
ベンチでは常に立ったままで試合を見て、集中力を切らさなかったという。一打にかける不断の姿勢の結果だった。
4月22日の阪神戦(後楽園)では、5対5の延長10回、小山正明から代打サヨナラ本塁打を放っている。
この年、9本の安打のうち2本が代打本塁打だった。翌57年に引退した。
実働8年で、通算成績は548試合に出場して315安打、54本塁打、打点194、打率2割2分9厘である。
代打逆転サヨナラ満塁本塁打はこの後、7人が記録している。樋笠は史上初の男として永遠に語り継がれる。
(敬称略)
猪狩雷太(いかり・らいた)スポーツライター。スポーツ紙のプロ野球担当記者、デスクなどを通して約40年、取材と執筆に携わる。野球界の裏側を描いた著書あり。
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