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Posted on 2026年04月12日 06:00

プロ野球「オンオフ秘録遺産」90年〈日本プロ野球史上初の完全試合達成は「運、偶然」〉

2026年04月12日 06:00

 巨人・藤本英雄は打席に向かおうとした打者を見ると、「ヨシッ!」と気合を入れた。

 9回表2死無走者。ここで抑えれば日本プロ野球史上初の完全試合達成だが、宿敵の登場だ。

「えっ‥‥」

 しかし、次に思いがけないシーンが目に飛び込んできた─。

 1950年6月28日、青森市営球場での巨人対西日本(西武の前身の1つ)10回戦、午後4時14分、球審・国友正一の右手が上がって試合が始まった。

 プロ野球はこの年からセ・リーグ8球団、パ・リーグ7球団による2リーグ制がスタートしている。

 6月20日、巨人は岩手県・一関から松竹(現DeNA)、広島、西日本とともに長い遠征をスタートさせた。

 青函連絡船で北海道に入り、同一球場でダブルヘッダーを行い、また東北地方を転戦する。いわゆる、ドサ回りである。

 28日の第1試合は松竹対広島戦だった。松竹が6対1で勝ち、第2試合が巨人対西日本だった。

 巨人の先発予定は多田文久三だったが、下痢で登板できなくなった。前日は北海道だった。カニの食べ過ぎ、寝冷えとの説がある。

 監督の水原茂は代役に藤本を指名した。ところが、本人は「2時間しか眠っていません‥‥」という。

 前の晩に函館‒青森間の連絡船の中で、僚友たちと徹夜麻雀をしていた。麻雀にも大負けし、体調がかなり悪かった。水原は無言で、そっぽを向いた。

 対する西日本の先発は重松通雄。プロ野球における、アンダースロー第1号だ。

 藤本は最初の打者・平井正明にカウントを3‒0としたが、その後、三振に打ち取ると徐々に本来の投球を取り戻した。

 真っすぐが走った。カーブと前年にマスターした2種類のスライダーを操り、西日本の打者を次々と打ち取っていった。

 藤本は18年生まれの32歳。別所毅彦、中尾碩志、多田らとともに先発陣の中心を担っていた。

 明治大学で34勝を挙げて、42年途中、繰り上げ卒業で巨人に入団。43年には34勝を挙げて最多勝を獲得した。同年の19完封、防御率0.73はいまだにNPB記録だ。44年に史上最年少で投手兼任監督に就任した。47年に中日に移籍したが、48年に巨人に復帰し、翌49年には3度目の最優秀防御率に輝いている。

 試合は巨人が4回裏、7番・藤本の右犠飛で先制し、5回裏にも1点を加えた。

「おい、1人も走者が出ていないぞ。このままだと完全試合だ」

 7回、守備に散る巨人ナインに緊張感が走る。誰もがガチガチになっていた。

 ノーヒット・ノーランは巨人では沢村栄治以来、ヴィクトル・スタルヒン、中尾、そして43年の藤本と4人が記録していたが、完全試合となると巨人はもちろん、日本には1人もいなかった。球場はこけら落としで、超満員の1万人が詰めかけていたが、記録達成が迫ることに気づきだして、ザワザワし始めた。

 試合は9回を迎えた。巨人は8回にも四球から2安打で2点とダメを押していた。

 巨人ベンチは誰も声を発しない。息を詰めていた。

 関口清治の代打・清原初男が遊ゴロ、日比野武が二ゴロであと1人となった。

 ここで9番は、投手の重松の出番である。藤本は重松と因縁があった。

 藤本は43年5月1日の西鉄戦に先発して、7回まで無安打と抑えていたが、8回1死から重松に初ヒットを打たれた。

 さらに同年、7月18日の西鉄戦でも9回1死まで無安打と好投していたものの、またもや重松に初ヒットを打たれていた。

 この日も6回2死で、右中間にあわやの打球を飛ばされていた。藤本も一瞬覚悟したが、中堅の青田昇がダイビング・キャッチして辛くも捕球していた。

 イヤな相手─と思ったが、西日本の監督である小島利男が球審の国友に歩み寄ってこう告げた。

「国友さん、代打、オレ」

 36歳の小島は二塁手兼任監督だ。早稲田大学でプレーし、東京六大学野球では34、35年と首位打者に輝いている。

 36年に卒業後、一般企業に入社したが、8月に退社。大阪タイガース(阪神の前身)に入団して、4番を打った経歴を持つ。

 自信があったのか、なんとか阻止しようと意気込んだのか、それとも重松に最後の打者という不名誉な記録の持ち主になってもらいたくなかったのか─。

 藤本は「しめた」と思ったという。

 小島は右の打席に入った。2‐2まで粘り、5球目の外角低めのスライダーを振ったが、バットは空を切った。時刻は午後5時33 分だった。

西 0 0 0 0 0 0 0 0 0=0
巨 0 0 0 1 1 0 0 2 ×=4

 藤本はこう語っている。

「7回あたりから、なんとなく記録が作れそうな気がしていた。あまりムキになってはいけないと、焦らずに投げたのもよかった」

 投球数92、三振7、内野ゴロ11、内野飛球3、外野飛球6。この日、記者席で見届けたのは4人、カメラマンはいなかった。だから、当日の写真はない。

 藤本はこう回顧している。

「力の問題ではなく運、偶然ですね」

 多田の腹痛がなければ、藤本の登板はなかった。青田の超美技もあり、そして重松が打席に立っていたら‥‥。

 大記録達成の裏側である。

 現在まで、投手にとって究極の夢である完全試合記録保持者は16人だ。

 今年もプロ野球が開幕した。22年のロッテ・佐々木朗希(現ドジャース)以来となる17人目は出現するだろうか。

 (敬称略)

猪狩雷太(いかり・らいた)スポーツライター。スポーツ紙のプロ野球担当記者、デスクなどを通して約40年、取材と執筆に携わる。野球界の裏側を描いた著書あり。

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