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記事全文を読む→伊藤匠・二冠が見せた「ライバル藤井聡太」への激情(1)「藤井を泣かした男」の葛藤
将棋界の“系譜と絆”に迫るシリーズ完結編「師弟 棋士の見る夢」(光文社)が刊行された。最新作で焦点が当てられたのは、藤井聡太六冠の宿命のライバルである伊藤匠二冠。「第31回将棋ペンクラブ大賞」を受賞した奇才作家が見た勝負師たちの実像とは─。
現代の将棋界を牽引する第一人者・藤井聡太六冠(23)は史上最強とも言われ、22歳にして教科書にもその名が掲載された。タイトル独占の時代が長く続くかと思われたが、風雲急を告げる強敵が現れている。
一昨年の叡王戦、そして昨年の王座戦で続けて藤井からタイトルを奪取した伊藤匠二冠(23)だ。
これまで将棋界の「師弟」をテーマに取材を続けてきて、今回3作目となる「師弟 棋士の見る夢」(光文社)を上梓した。本作では、王者の牙城に迫る伊藤にスポットを当てている。
2人は同学年で小学生の時からの好敵手の関係にある。現に、小学3年生の時に全国大会で対戦し、伊藤が勝利。当時、「藤井を泣かした男」として脚光を浴びた伊藤だが、棋士育成機関の奨励会では藤井に先を行かれ、プロデビューでも4年の後れを取り、大きく水を開けられた。
伊藤は中学で学校に馴染めず、一時不登校にもなっている。思春期の葛藤の中、将棋も伸び悩んだのだ。この状況を打破したのは、藤井の活躍だった。「自分も早く棋士にならなければ」と奮い立たせた。
それが如実に現れたのは、藤井が史上最年少で棋戦優勝を果たした時に、伊藤は自ら志願して記録係を務めたことだろう。悔しさをバネにしようとしたのだ。その時の藤井に対する心境を、17歳でプロ入りした後に伊藤はこう語った。
「負けろと思っていた」
ここまでストレートに感情を口にする棋士は少ない。純粋なライバルへの闘志に、適切な言葉ではないかもしれないが、私は美しさを感じてしまった。
伊藤の師・宮田利男八段(73)は、まだ幼い伊藤が自身の将棋教室に通い始めた頃から「将来は東大に行くタイプだな」と思ったという。それだけ伊藤が頭脳明晰であったということだけではなく、棋士になることは東大に入るよりはるかに難しいことを意味していた。勝負の世界に生きる辛さを宮田自身が経験してきたからこそ、伊藤の両親には「将棋をやめさせるなら、今のうちですよ」と伝えた。
それでも伊藤は将棋の道を選び、宮田にとって3人目の棋士に育て上げた。つまり、伊藤には2人の兄弟子がいる。それぞれ伊藤に対して抱く感情の違いが、実に興味深い。兄弟子の1人である本田奎六段(28)は、すでにタイトル戦の舞台を経験し、実力を高く評価されている。だが、5歳下の伊藤を藤井と並んで、その強さから「人間でない存在」と言い切る。今の自分が意識するのは目の前の相手であり、彼らはそこにはいないという。
もう1人、斎藤明日斗六段(27)は、弟弟子の伊藤に悔しさをみなぎらせ、闘争心を隠さない。伊藤が初タイトルを獲得した時には、気持ちを整理するために部屋の掃除と洗濯を始めたという。その後、誰とも語らずに己と向き合った。まだ自分が体験したことのないタイトル戦の舞台を「絶景」と呼び、そこで死ねるなら本望だと話す。盤上の勝負に、散る覚悟で挑む若者たちの姿を見た。
藤井というライバルだけでなく、伊藤は兄弟子にも恵まれ、叡王戦に続き、王座戦とタイトルの防衛戦が続く。秋から冬にかけて新たな挑戦権を獲得し、藤井の牙城に挑むことになるのか、しばらく目が離せない。
野澤亘伸(のざわ・ひろのぶ)カメラマン・ノンフィクション作家。1968年生まれ。上智大学卒業後、写真週刊誌「FLASH」専属カメラマンを経て、フリーランスとして活躍。小学生の頃から将棋に親しみ、各種媒体で棋士の取材を行う。「師弟シリーズ」第1作で将棋ペンクラブ大賞を受賞。
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