サラリーマンや鉄道ファン、出張族の胃袋を支えてきた「駅そば」。全国に約3000店舗がひしめくが、不思議と姿を見せないのが「駅ラーメン」だ。ラーメン大国の日本において、なぜ駅ホームの主役はそば・うどんに独占されているのか。そこには鉄道運行の要...
記事全文を読む→「消えた主役」名作ドラマ・映画の知られざる“交代劇”(7)伊藤かずえはプロデューサーに自ら提案したが…
アサヒ芸能におけるインタビューの合間に、本題とは別に「実は〇〇の役って‥‥」と切り出した有名人たち。その意外な裏話を、よりどりでセレクション!
「杉浦幸ちゃんが主演でデビューした『ヤヌスの鏡』(85年、フジテレビ系)ってドラマあったでしょ。実はあれ、原作のマンガを見つけてプロデューサーに提案したのも私だったの」
大映ドラマの常連女優だった伊藤かずえは、そんな秘話を明かした。プロデューサーは「多重人格」というテーマにドラマ化を決定したが、主演を直訴した伊藤の意見は却下。
「ただ、同じ年の秋から『ポニーテールはふり向かない』(TBS系)で初めての主演にしてくれたけど、それでも悔しかったな」
女の意地である。さて、異色のホームドラマだった「寺内貫太郎一家」(74年、TS系)は、作曲家の小林亜星を主役の貫太郎に起用して話題となったが、
「最初に白羽の矢が立ったのはフランキー堺さんで、次はドリフターズの高木ブーさん。ところが、どっちも忙しくてオファーを断った。プロデューサーがいろんな人に声をかけて、最後に候補になったのが僕。あの頃、110キロはあったから体型は問題ない」
小林が懐かしそうに言った。もっと意外なのは、甲斐バンドの甲斐よしひろに「太陽にほえろ!」(日本テレビ系)で刑事役のオファーがあったことだ。本誌のテリー伊藤対談(14年)で、甲斐はこう明かした。
「79年に『HERO』がヒットしたあと、清水欣也プロデューサーが俺たちのツアーまでずっとついてきた。俺はタッパがないから無理って言ったんだけど、それでもかまわないと」
当時、ナンバーワンのコンサート動員を誇った甲斐が役者に転向することはなかったが、後年、世良公則が「ボギー刑事」として、その依頼に応えている。
傑作映画「蒲田行進曲」(82年、松竹)の銀ちゃん役で風間杜夫は一躍、時の人となったが、別の人選があった。
「新聞で『銀ちゃんに松田優作』と発表されました。ところが、優作さんが辞退したため、その翌朝につかこうへいさんから『銀ちゃんはお前がやるから』って言われ、同時に『お前の人生が変わるぞ』とも」
今年、デビュー50周年を迎えた荒木一郎は「仁義なき戦い 代理戦争」(73年、東映)に出演の予定があった。ところが、話が食い違っていた。
「俺は精神的な病気を抱えていたから、京都の撮影所までは自分の車で行くけど、ロケはお断りって言ってたの。ところが、広島ロケがあるって聞いて、じゃあ話が違うよと降りた」
代わりに抜擢された川谷拓三が、ここから急成長している。その「仁義」と並ぶ菅原文太の代表作は「トラック野郎」(75年、東映)だが、第2作のマドンナにあべ静江が出演。
「ところが私、同じ時期に『男はつらいよ 葛飾立志篇』(松竹)からもお声がかかったの。それでもウチのスタッフは東映ファンばかりだから、迷わず『トラック野郎』を選びました」
あべの代わりに「寅さん」に出演したのは、73年の新人賞を争った桜田淳子だった。
アサ芸チョイス
昨年あたりから平成レトロブームを追い風に、空前の「シール」ブームが続いている。かつては子供向け文具の定番だったシールだが、今や「大人が本気で集めるコレクターズアイテム」として存在感を放つ。1980年代から90年代を思わせる配色やモチーフ、ぷ...
記事全文を読む→鉄道などの公共交通機関で通勤する人が、乗車の際に使っている定期券。きっぷを毎回買うよりは当然ながらお得になっているのだが、合法的にもっと安く購入する方法があるのをご存じだろうか。それが「分割定期券」だ。これはA駅からC駅の通勤区間の定期券を...
記事全文を読む→今年も確定申告の季節がやってきた。「面倒だけど、去年と同じやり方で済ませればいい」と考える人は少なくないだろう。しかし、令和7年分(2025年分)の確定申告は、従来の感覚では対応しきれないものになっている。昨年からの税制の見直しにより、内容...
記事全文を読む→

