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記事全文を読む→天才テリー伊藤対談「デヴィ夫人」(2)いきなり国賓に…まるで映画のよう
テリー なぜ当時から、そんなことを考えていたんですか。
デヴィ それは、戦後の私の家の裏にアメリカ兵の駐屯所があったからなんです。ほとんどの日本人が外国人を見たことのない時代に、私はたくさんの外国人を見て育ちましたし、当時はそのアメリカ兵にぶら下がるように腕を組んで歩いている日本人女性がたくさんいたんですね‥‥。その人たちの姿を見て、私、恥ずかしさで下を向いたんです。
テリー あぁ、当時の娼婦ですか。
デヴィ そうです。敗戦のみじめさと悲しみと強い怒りで地面がうねったように感じて、「大きくなったらこの人たちをひざまずかせたい、そのために戦う」と決めたんです。
テリー その後、さまざまな経緯があって、インドネシアの大統領夫人という形で夢はかなうわけですよね。いきなり国賓の立場になるわけですけれど、心構えなんかはどうだったんです。
デヴィ 私は幼い頃からフランス文学に傾倒していて、日常から登場人物になりきっていたんですね。中でも、シュテファン・ツヴァイクが書いた「マリー・アントワネット」という本の最後にあった、「マリー・アントワネットが犯した唯一の罪は、女王として幸せを求めないで、女性として幸せを求めた」という言葉が強く頭の中に残ったんです。そこから、私も大統領夫人となるからには女性としての幸せを追求しちゃいけない、そう自分を絶えず戒めなきゃいけないと考えました。
テリー その頃は、どんな生活だったんですか。
デヴィ 行ってみると、大統領の周りにはたくさんお世話をする人がいたので、「妻」としての仕事はなかったんですよ。ですから私は、政治的な同志として全身全霊をかけて大統領に尽くそう、これは神の天啓だと思いましたから。
テリー しかし、しばらくすると政局も大きく揺らいできますよね。
デヴィ ええ、65年の9月30日に最初のクーデターがあって、スカルノ派の人たちが次々と逮捕されたり殺されたりもしました。結局、67年に生まれたばかりの娘と一緒にフランスへ亡命することになります。
テリー 聞いていると、映画みたいな話ですよ。そのあと、大統領にはいつ再会したんですか。
デヴィ 70年に「意識不明に陥った」という報を受けて、インドネシアに戻ることにしたんです。パリのお友達からは「殺されに行くようなものだから、やめなさい」と言われましたけど、「夫の死に目に会いに行って殺されるのなら、名誉なことだわ」「もし私が撃たれることがあったなら、神様、1秒でもいいから、我が娘を自分の手で殺める力をどうか与えてください」と祈りました。
テリー そこまでの状況と覚悟の中で再会されたんですね。
デヴィ その時は、もう懸命に死と戦っている状態で、ほんの短い時間会えただけ。翌日の朝、お亡くなりになられたことを聞きました。
テリー その後はフランスの社交界でご活躍されることになるんですよね。
デヴィ 先ほど言いましたけれど、フランス文学が私の血肉となっていたんですよ。パリに着いた時、あちらの貴族社会のことは全て理解していて、水を得た魚のように泳ぎ回ったんですね。
テリー この美貌とバイタリティー、さぞかし多くの男性と浮き名を流したんでしょうねえ。
デヴィ フフフ、そこはご想像にお任せします。
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