「神宮球場を壊す必要があるのか」コロッセオを思わせるアーケード、夕暮れに浮かぶ照明塔、ナイター開始前のあの匂い。記憶の中の景色を思い浮かべるたび、ふとよぎる問いではないだろうか。あの景色は、できればそのまま残しておいてほしい。そう思う人は多...
記事全文を読む→天才テリー伊藤対談「丘みどり」(2)30歳で上京して3年後に紅白出場
テリー 俺、知らなかったんだけど、丘さんは高校生の時に、アイドルとして一度デビューしてるんだね。
丘 そうですね、3年生の時です。当時「ホリプロ大阪」という事務所が、アイドルグループの新メンバーを募集してまして。
テリー そのグループには何年いらしたんですか。
丘 そこは1年ぐらいですかね。
テリー いじめられた?
丘 (コクンとうなずく)
テリー いじめられるんだよな。あとから入ってきたら。かわいくて、歌がうまかったら、センター取られちゃうもんな。
丘 ‥‥やっぱり演歌を歌いたくて、1年ぐらいでやめちゃったんですけど。
テリー アイドルになりたいというより、歌手になるきっかけが欲しかったってこと?
丘 そうですね。それで、音楽の専門学校に通い始めて。その時にたまたま大阪のカラオケ番組に出て、演歌を歌ったら、当時の事務所の社長がスカウトしてくれたんです。それが19歳の時で、デビューしたのが21歳ですね。
テリー 俺、その動画見たよ。デビュー曲、ヘソ出しミニスカートで歌ってたね。
丘 アハハハ、はい。その社長がわりと過激な感じの方で、「21歳って中途半端やから、18歳のヘソ出し演歌歌手でデビューしろ」って。
テリー えーっ。だってアイドル時代があるんだから、調べたらすぐバレるじゃない。
丘 でも「インターネットってなんやねん」「そんなもん誰も見てへんわ」って。
テリー ひどすぎる。まぁ、でも、話題になれば正解なのか。
丘 一瞬だけでしたけどね。そのあとも2年に1枚ぐらいCDを出したんですけど、30歳まで10年間、鳴かず飛ばずでしたから。
テリー 10年か。よくあきらめなかったね。
丘 でもレコード会社との契約も切れることが決まってたし、もう事務所もやめようと思ってたんですよ。それで、どうせなら楽しんで、来たお仕事は何でもやってみようと切り替えたら、ちょうど東京の雑誌の「美人演歌歌手特集」みたいな企画の1ページで紹介していただいて。それがきっかけで東京の番組にチラホラと呼んでいただけるようになったんです。
テリー その時に今の事務所に移籍したんでしょう。それはどうやって探したの?
丘 社長に「もうやめようと思ってます」って相談したら「どうせうちにおっても売れへんし、一緒に探したるわ」って探してくれたんです。
テリー アレ、怪しげだけど、いい人だね。
丘 はい。今でも連絡してますし、時々会ってます。
テリー あ、そうなんだ。でも、30歳で上京して、3年後に紅白に出てるでしょう。すごく早いけど、何がいちばん変わったの。
丘 大阪の時はお仕事も毎日ないですし、10年間余り歌えなかったので、「私は紅白に出るために東京に来ました。この先もう休みはいらないので、どこでもいいから歌いに連れていってください」って言ったんです。それでマネージャーさんと2人で、日本全国のスナックとか、呼んでいただければどこでも歌いに行きました。
テリー わぁ、すごいなぁ。もちろん、それまでも一生懸命だったんだろうけど、必死さが違ったんだろうね。
丘 そうですね。それで2周目になった時、1周目では10人だったお客さんが30人になって‥‥。ほんとに少しずつ少しずつ増えてくださったんです。そういう手応えを感じられた3年間でしたし、すごくうれしかったです。
アサ芸チョイス
11月8日、歌手・島倉千代子(享年75)が肝臓ガンで死去した。島倉といえば、演歌の王道を歩むように、その生き様は苦労の連続だった。中でも、莫大な借金返済で味わった地獄は理不尽極まりなかったようで──。島倉は、男を信じて手形の保証人となったせ...
記事全文を読む→バナナマンの日村勇紀が当面の間休養に専念すると、所属事務所ホリプロコムの公式サイトで発表した。今年に入ってから体調を崩すことが多く、医療機関を受診した結果、休養が必要との判断に至ったのだという。「心身の回復を第一に、コンディションを整えなが...
記事全文を読む→ゴールデンウィークが明けても再起の見通しが立たず、長すぎる空白期間を過ごしているのは、左内腹斜筋肉離れでリハビリ中のヤクルト・山田哲人内野手である。沖縄・浦添キャンプのシートノック中に脇腹の張りを訴え、戦線離脱。5月になっても打撃のひねり動...
記事全文を読む→

