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記事全文を読む→野呂佳代 石橋貴明も大激賞した「小籠包事件」(2)有吉の罵声で体を張るように
天然キャラで今や無双状態の野呂だが、遅咲きのブレイクだった。00年に芸能界デビューしていたが、その存在が認知されたのが、AKB48の追加メンバーオーディションに合格した06年。アイドルとしては遅咲きの22歳だった。
「当時からぽっちゃりしていたため、アイドルなのにつけられたあだ名は『横綱』『野呂関』。王道のアイドルでいたかった野呂自身はいじられキャラをおいしいとは思えず、理想とのギャップに悩んだそうです」(芸能記者)
10年には20歳以上のお姉さんキャラのグループであるSDN48に移籍。キャプテンにまで上り詰めるが、12年のSDN48解散と同時に、メンバー全員とともに卒業する。
「野呂はアイドルにしてはぽっちゃりしていたので、AKB時代はほとんど目立つ活躍ができなかった。そのため、楽屋では涙することもたびたびだったとか。15年に囲み会見で『AKBの10周年には呼ばれていない』と発言して波紋を呼びましたが、最終的には参加。本人は一時は本当にOBとして呼ばれていないと気にして落ち込んでいたといいます」(テレビ局スタッフ)
そんな彼女がブレイクしたのは、やはりバラエティー番組だった。最初のブレイクのきっかけは、13年の「ロンドンハーツ」(テレビ朝日系)で、「有吉先生のタレントマジ相談」という企画に出演したことだ。
野呂は同じプロダクションの先輩でもある有吉弘行(46)に、まだ売れていないことを相談すると、有吉から罵声を浴びせられるハメに。
「パチンコの営業もパチンコ番組も全力でやれ、バカ!」
「芸能界で生き残るのも、量をしゃべりゃいいってわけじゃない。質のいいことをいっぱい言うのが大事」
などと叱咤激励されたのだ。
有吉の愛のムチをきっかけに、その後の野呂はどんな仕事も全力で取り組むようになる。15年には女芸人さながら、ダチョウ倶楽部の上島竜兵(59)とキスまでしてしまうのだ。
「あるイベントで、言い争いをしながら近づいていき、最後にキスをする上島の持ちネタを、上島と野呂でやることに。野呂は女性ですし、ましてや芸人でもないので、普通は直前でストップするのですが、なんとそのままキスしてしまいました。その体を張った素の自分を押し出す姿勢に、視聴者が好感を抱き、バラエティー番組でも重宝されるようになりました」(ワイドショースタッフ)
次々に異例の扱いを受けてオンエアされ、その知名度は一気に全国区へと広がっていく‥‥。
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