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記事全文を読む→日本レコード大賞 炎の四番勝負!<最終回>「1989年~美空ひばり VS Wink~」(2)
Winkと美空ひばりが激突する前年、昭和最後の開催となった88年の大みそかに、筆者は会場の日本武道館にいた。島倉千代子が歌う「人生いろいろ」に女の子たちが合いの手を入れるなど、ライブ感に満ちた展開となった。
この年の大賞は光GENJIの「パラダイス銀河」だったが、ステージはローラースケート場のように高低ができている。舞台の美術デザインを務めた三原康博は言う。
「彼らがローラースケートをやるのなら、それに合わせて階段を上げ下げしてあげるよ」
会場が帝国劇場から武道館に移ったのは85年である。長らく「ザ・ベストテン」のセットを作ってきた三原は、広大な会場に「わが意を得たり」と思った。たとえばC-C-Bの登場シーンは、武道館の四方から箱に乗ったメンバーが別々に演奏しながらスライドし、中央で合体するという演出で驚かせた。
「観ている人を退屈させないように、照明だけじゃなくセットでもスペクタクルを味わってもらいたかった。だから武道館は、僕には乗れる会場だったね」
89年は一方が故人の決戦であったが、三原は、もし「当事者不在の大賞」であっても舞台を作る秘策があったと言う。
「僕らが作っていた『ザ・ベストテン』は、日本中、どこまでも追っかけるのがウリだった。だったら、天国まで追いかけるような美術にするまでだよ」
それが昭和という時代を象徴したひばりへの追悼であるし、和製マイウェイと呼べる「川の流れのように」という楽曲に対しての敬意であった。
では対抗するWinkは、見えざる相手にどんな策を打ったのか。ディレクターの水橋は、決して賞レースに積極的だったわけではないと内情を明かす。
「どちらかといえば局のほうから『エントリーしませんか?』という感じでした」
ブレイクした「愛が止まらない」もそうだが、デビュー曲の「Sugar Baby Love」から洋楽のカバーがほとんどだった。そして89年7月5日に発売された「淋しい熱帯魚」は、作詞・及川眠子、作曲・尾関昌也と、純然たるオリジナルである。
「季節柄、夏の歌であることはもちろんだけど、かといってWinkに『ビーチパラソルの下』みたいな歌は似合わない。ブラインドから雨空をのぞくような世界観にしてほしいとコンセプトを伝えたんです」
歌詞には「プールサイド」や「花柄の水着」という言葉はあっても、それが直接的な表現ではない。熱帯夜に幻想がたゆたうような傑作に仕上がっている。
さて、ひばりの「川の流れのように」は、本来はシングル化されるはずではなかった。同じ秋元康作詞による若者向けの曲である「ハ ハ ハ」で決まっていたものを、ひばりの強い希望で変更。これが生前のラストシングルとなり、国民が納得する“遺作”となったのは、稀代の歌姫らしい選択であった──。
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