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記事全文を読む→育ての親が語っていた「神田沙也加さんデビュー秘話」と「聖子との不穏前兆」
ミュージカルでも活躍していた女優・歌手の神田沙也加さんが35歳の若さで絶命したのは、12月18日のこと。両親の神田正輝、松田聖子ともにショックは大きく、聖子に至ってはディナーショーの全中止と紅白歌合戦の出場も辞退した。
さて、時計の針を戻すと、聖子は80年4月にデビューし、3作目の「風は秋色」から24作連続オリコンチャート1位という大記録を打ち立てる。
聖子のデビューに奔走し、豪華な作家陣をあてがったのは、CBS・ソニー(当時)の若松宗雄ディレクターであった。
やがて、聖子が96年にレコード会社を移籍し、個人事務所を立ち上げたことから疎遠になっていたが、当時、自分の会社を構えていた若松氏のもとにマネージメントを依頼する。
99年のことだった。さらに聖子と若松氏はこんな会話をする。
「娘がね、芸能界に入りたいって言ってるの」
「それで聖子、お前は何て言ったんだ?」
「そんなに甘い世界じゃないわよって」
聖子自身も厳格な父親の反対を押し切ったことを知る若松氏は諭すように言った。
「そんな風にあんまり厳しく言っちゃダメだよ」
「じゃあ社長が沙也加の面倒をみてやってください」
こうして若松氏は、02年に沙也加さんをCMデビューさせる。聖子がデビュー40周年を迎えた20年春、若松氏はそんな秘話を明かしてくれた。
「03年には沙也加をCDデビューもさせた。そのあたりから聖子と意見が合わず、結局は袂を分かつことになってしまったけど、沙也加の才能は本物だと思ったよ。作詞もできるし、文才もあるので『文藝春秋』に6ページも文章を書かせたこともあった」
のちに「アナと雪の女王」の声優などで開花する片鱗があったようだ。同時に、沙也加さんの結婚式に招待されないほどの聖子との確執の予兆も見えたと若松氏は言う。
「ただ、聖子にとって沙也加がCMやドラマで活躍するのはいいけど、自分と同じ『歌手』という土俵は思うところがあったのかな」
芸能界を選んでしまった母娘の宿命だったのだろうか─。
(石田伸也)
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