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記事全文を読む→紳助親分の「使用者責任」(3) 上岡龍太郎も紳助に激怒!
一方、2人の関係が危うくなった原点はさらにさかのぼると指摘する声も出ている。
「松本が一時期、お笑い界の大御所・ビートたけし(64)と、周囲や双方の誤解からメディアを通じて牽制し合っていたと言われる90年代の話です。当時、紳助が『俺はたけしさんをひょうきん族の頃から知っとる。ツーカーや』『たけしさんとのラインを作ってやる。俺に任せろ』と松本に大見得を切り、仲介役を買って出たといいます」(前出・お笑い関係者)
そうすることで、自分に尊敬のまなざしを向けさせ、みずからを頭の上がらない存在にしようとしたというのである。
「松本も最初は『兄さん、頼みます』と言っていた。ところが、『会わせたる、会わせたる』と言って、いつまでたっても進展がない。その後、実際は紳助とたけしに交流がないことがわかり、松本は紳助に強烈な不信感を抱いたと聞きます」(前出・お笑い関係者)
結局、相いれなくなった紳助と松本、2人の違いについて、前出のラリー氏はこう指摘する。
「大きな違いはまず、松本人志は純粋に『お笑い』の世界を作りたい人。だから、お笑い番組でも企画会議で自分の意見をしっかりと反映させ、コントロールしようとします。一方、島田紳助は、憧れの存在が上岡龍太郎(69)や古舘伊知郎(56)だったように、場を仕切る名司会者になりたかった人。あくまで漫才も、そこに行くための踏み台でした。その後ろめたさから『M‐1』を作ったと言われるほどです」
ところで、先の発言でも登場した上岡といえば、引退会見でも紳助は「心の師」と表していた。「同じ年で引退した上岡さんには運命を感じている」とも話していたが、実際には上岡が引退したのは58歳である。 松本同様に、苦し紛れで上岡の名前まで利用したのだろうか。
「先頃、笑福亭鶴瓶(59)が『(上岡)師匠は〝俺はヤクザとつきあって引退したんと違う〟と話していた』と暴露しました。その冷めた発言は、過去にわだかまりがあるからです。かつて紳助は、関西で確固たる地位を築いていた上岡のポジション欲しさに、人気番組『探偵!ナイトスクープ』(朝日放送系)の総合司会を水面下で奪おうとしていたといいます。まだ上岡の現役当時ですよ。それが上岡に伝わり、関係が冷えきりました」(在阪の芸能記者)
いやはや、紳助親分は近しいはずだった大親分からも子分からもそっぽを向かれていたようである。
しかし、前出の日テレ関係者はこう残念がる。
「松本さんは、紳助さんに直接苦言を呈したかったようで、紳助さんも松本さんの意見ならば真摯に受け止めていたでしょう。しかし松本さんは、先輩の紳助さんに遠慮して、数々の暴走を諌めることができなかった。いまさらですが、もし松本さんがもっと紳助さんに苦言を呈していれば、紳助さんの暴走を止めることができたのかも‥‥」
私利私欲にまみれた暴君の地位を松本が継ぐことはなさそうだ。
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