連れ合いの従姉Aさんが小脳と大脳の出血で倒れたのは、昨年3月のことだ。帰宅途中に体調が悪くなったので、必死の思いで自力で救急車を呼び、一命を取り留めることができたが、一時は生命の危機が迫る事態だった。お見舞いに行こうと思っていたのだが、コロ...
記事全文を読む→ノッポさん死去「できるかな」の前に完成していた「喋らないキャラ」誕生秘話
NHK教育テレビ(現Eテレ)の幼児向け工作番組「できるかな」に「ノッポさん」として出演していた高見のっぽさん(本名=高見嘉明)が、心不全により昨年9月10日に亡くなっていたことが分かった。享年88。
1970年4月から90年3月まで放送された「できるかな」で「ノッポさん」は一切しゃべらず、着ぐるみで鳴き声のような音を出す「ゴン太くん」との無言劇が繰り広げられた。ナレーションの説明により番組が進行するのだが、実は最終回、ついにノッポさんが、
「あ~あ、喋っちゃった! 今日は特別なんです。長い間ね、皆と友達でいたけれど、4月からこの番組は『ともだちいっぱい』という新しい番組と代わります」
と言葉を発し、多くの視聴者を驚かせた。
セリフのないキャラ設定ができた経緯について、テレビ関係者が回想する。
「彼は『できるかな』の前身の『なにしてあそぼう』から抜擢され、名は『ノッポさん』でも、異なる格好で出演していました。当時からパントマイムでの無言劇で、キャラクターと掛け合いするスタイルが確立されていました。本人は番組の自由度が高かったと語っており、キャラ設定も任されていたようです」
「なにしてあそぼう」から「できるかな」に移行した際、ノッポさんは一度降板するが、視聴者の熱望により71年に再登場し、以後はレギュラー出演となった。
「ノッポさんの父親は俳優や奇術師として活躍した。チャーリー・チャップリンの大ファンで、モノマネを得意としていたそうです。ノッポさんは幼い頃からサイレント映画の話をよく聞かされ、父親に付き添ううちに、芸能界入りしたといいます。それが『ノッポさん』に反映されているのでしょう」(前出・テレビ関係者)
そんなノッポさんは今も、大人になった我々の心に生き続けている。
アサ芸チョイス
昨年あたりから平成レトロブームを追い風に、空前の「シール」ブームが続いている。かつては子供向け文具の定番だったシールだが、今や「大人が本気で集めるコレクターズアイテム」として存在感を放つ。1980年代から90年代を思わせる配色やモチーフ、ぷ...
記事全文を読む→鉄道などの公共交通機関で通勤する人が、乗車の際に使っている定期券。きっぷを毎回買うよりは当然ながらお得になっているのだが、合法的にもっと安く購入する方法があるのをご存じだろうか。それが「分割定期券」だ。これはA駅からC駅の通勤区間の定期券を...
記事全文を読む→今年も確定申告の季節がやってきた。「面倒だけど、去年と同じやり方で済ませればいい」と考える人は少なくないだろう。しかし、令和7年分(2025年分)の確定申告は、従来の感覚では対応しきれないものになっている。昨年からの税制の見直しにより、内容...
記事全文を読む→

