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記事全文を読む→デーブ・スペクター 日本に来た当時は「何もかも不思議に見えた」/テリー伊藤対談(2)
テリー 最初に来た頃の日本の印象って?
デーブ 狭かった。高速道路も2車線しかないから、高速に見えないとか。
テリー ということは、あんまり居心地がよくなかったんだ?
デーブ 僕、全然(体が)大きくないけど、喫茶店へ行くとテーブルがちっちゃいとか、全部ちっちゃいじゃないですか。泊まったホテルでリモコン使ったら、隣の人の部屋のチャンネルが変わったり。不思議に思ったのは、羽田空港の滑走路を通ると団地とかアパートが見えて。その半分以上がベランダに布団を干してるのに、何で落ちないのかなと。クリップで止めてるのを知らないから。だから何もかも不思議に見えたんですよ。喫茶店にコーヒー飲みに行くと「アメリカン?」って言われて、「国籍を聞くんだ?」と思って。そういうのばっかりで。
テリー 日本に来て、日本のテレビはどう思ったの?
デーブ 大好きで、テレビばっかり見てましたよ。当時は歌番組とか大好きで。上智大学に留学してた時も「ザ・ベストテン」とかよく見てましたね。
テリー デーブは今もそうだけど、テレビのプロデューサーでしょう。そうすると、アメリカのテレビ局で上に行こうとは思わなかったの?
デーブ ありました。向こうでも頑張ってましたよ。でも、実は加山雄三さんに憧れて。「若大将」をずっと向こうで見てたの。
テリー 「若大将シリーズ」がアメリカでやってたんだ。
デーブ やってた、日本人向けの映画館で。「若大将、格好いい」と思って。だから、加山雄三みたいな人がたくさんいると思って日本に来たら、1人しかいなかった。
テリー 当たり前だよ。
デーブ でも、会おうとしたけど、なかなかツテがなくて断念したんですけど。日本に住むようになって、91年かな、加山さんに初めて会って。ものすごいいい人で。だから、いろんな映画の影響で日本に憧れたっていう。当時はまだインターネットないから。
テリー 日本の映画って何を見てたの?
デーブ 黒澤明とか。
テリー 黒澤明って時代劇?
デーブ そう。その時は三船美佳に会うとは思わなかったですね。
テリー 確かにそうだ(笑)。
デーブ あと、勝新太郎。「座頭市」が好きで。だから、そういう憧れは映画からあったんです。今だとSNSとかYouTube、みんなやってるじゃないですか。でも、当時は本とか雑誌しかない。「週刊平凡」「明星」もずっと読んでましたね。
テリー 当然だけど、アメリカにも「ララミー牧場」とか「逃亡者」「サンセット77」「コンバット」、おもしろい番組がいっぱいあったじゃないですか。その影響は受けてないの?
デーブ でも、日本のものは漫画とかを通して、やっぱりいいなと思ってたんですよ。「巨人の星」も当時流行ってて、「誰も笑ってないし、何であんなに深刻に野球をやるのかな」とか「何でボールがお餅みたいに伸びるのかな」と、ちょっと疑問はあったんですけど。あとは「おそ松くん」読んだり。
テリー へぇ。
デーブ チビ太君がいつも大きいおでんを持ってるんですけど、それも何だかわかんなくて、「金属探知機かな」と思ってたんですよ。日本のお笑いは、赤塚不二夫さんとかタモリさんも大好きでした。日本のバラティー番組もすごく好きで、ずっと見てましたからね。
テリー そのうち自分がテレビに出るようになったんだ。
デーブ 「笑っていいとも!」に出るとは思わなかったですね。
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