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記事全文を読む→昔は東山紀之の目前で青春の大ゲンカ…今は冷え切ったTOKIOの微妙な関係
SMILE-UP.(旧ジャニーズ事務所)所属で最年長グループはTOKIOだ。1994年に5人でCDデビューしたため、来年が30周年アニバーサリーとなる。2018年に山口達也、21年に長瀬智也が抜けて、城島茂、国分太一、松岡昌宏のトリオになった。以降は音楽活動を停止したが、30年間もグループで稼働している旧ジャニーズは歴代最長だ。
当然、数えきれないほどの艱難辛苦があった。CDデビュー前の92年には、仲間同士で拳を振り上げている。当時は少年隊として活動していた大先輩の東山紀之と植草克秀が連れていってくれたお好み焼き店だった。TOKIOからは山口、国分、松岡が参加した。
鉄板をはさんで一つのテーブルを囲んでいた松岡と国分は満腹になり、残っていた1枚のお好み焼きを譲りあった。互いに引かず、右に左に移動させあっていると、国分が着ていたTシャツにソースが飛び散った。
高級ブランドのアルマーニのTシャツは、東山からもらった一張羅。「ふざけんなよ。アルマーニだよ!」とブチ切れると松岡は、「1発殴らせてやるから、それで許せよ」と頭を突き出した。国分は1発殴ったが、それだけでは気が収まらず、もう1発。不意打ちだったため、松岡は「謝ってんじゃねぇか!」と逆ギレ。結果、松岡は3発目も食らった。
「その『小競り合い』を、梅酒を飲みながら達観していたのは植草。ようやく、『おまえら、ケンカすんじゃねぇ!』と声をあげた後は、青春映画のワンシーンを観ているようで、ニンマリが止まらなかったといいます」(アイドル誌ライター)
今でこそ品行方正なイメージが強いTOKIOだが、当時のやんちゃが過ぎた。旧ジャニーズ事務所は、メンバー1人のミスは連帯責任として、罰金制度を設けた。最も徴収されていたのは意外にも国分だったという。
ケンカもあったが、メンバーの関係は良好だった。城島と長瀬はケンカになりようがなかったと、アイドル誌ライターが当時を振り返る。
「TOKIOは最年長の城島リーダーと最年少の長瀬で8歳の年齢差があり、当時のジャニーズで最大でした。リーダーが長瀬と初めて会ったときは、まだランドセル姿。そのせいかリーダーは教育係になり、『おかずばっかり食わんと、ごはんも食え』『絨毯にジュース置くな』など、大阪のオカンが子どもたちに説教していた関係性でした」(前出・アイドルライター)
ところが、20代から30代にかけてのおよそ10年間は、ケンカにさえならないほど冷え切った関係になった。単独の仕事が軌道に乗ったこともあって、メンバー同士がビジネスパートナーと割りきり、仕事以外の会話がなくなってしまったという。
そんな3人も今では、株式会社TOKIOの取締役。記念イヤーとなる来年、5人が並び立つウルトラCに期待したい。
(北村ともこ)
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