「神宮球場を壊す必要があるのか」コロッセオを思わせるアーケード、夕暮れに浮かぶ照明塔、ナイター開始前のあの匂い。記憶の中の景色を思い浮かべるたび、ふとよぎる問いではないだろうか。あの景色は、できればそのまま残しておいてほしい。そう思う人は多...
記事全文を読む→堀内恒夫の恨み節「悲劇の2年間」は「去年の巨人と一緒。野球にならんのよ」
あれは「悲劇だ」だった。当事者みずからがそう振り返るのは、巨人の指揮を執った2年間。スポーツ報知のYouTubeチャンネル〈報知プロ野球チャンネル〉に登場した堀内恒夫氏は、その理由を次のように語った。
「監督なんて選手がいれば、こんなおいしい仕事はないよ。俺の時、4番バッターばっかだもん。野球にならんのよ。ホームランは確かに打てたよ。打ってたけど、去年の巨人と一緒でソロホームランばっかしだから…」
堀内氏をして「青天の霹靂」と言わしめた、突然の監督交代劇が起きたのは、2003年オフ。長嶋茂雄第2次政権のあとを受けた原辰徳監督が、就任1年目に華々しくリーグ優勝し、日本一の栄光も手にしたが、翌年は3位に落ちると、責任を取って辞任。セレモニーも行われないまま、堀内新監督が指揮を執ることとなった。
2002年のオフにメジャーリーグに移籍した松井秀喜に代わって、2003年には大砲のロベルト・ペタジーニがヤクルトから移籍。2004年はタフィ・ローズを近鉄から、小久保裕紀をダイエーから獲得するなど、重量打線は厚みを増した。
生え抜きの仁志敏久、清水隆行、高橋由伸、阿部慎之助、二岡智宏らを加え、この年のチーム本塁打259本はプロ野球記録となった。だが、100打点以上をマークする選手は1人もいなかった。
堀内氏が5位で辞任すると、第2次原政権が始まり、4位と苦しい船出も、2007年から3年連続でリーグを制し、2009年には日本一に。
その原監督から前年4位でバトンを託された阿部慎之助監督の奮闘や、いかに。
(所ひで/ユーチューブライター)
アサ芸チョイス
11月8日、歌手・島倉千代子(享年75)が肝臓ガンで死去した。島倉といえば、演歌の王道を歩むように、その生き様は苦労の連続だった。中でも、莫大な借金返済で味わった地獄は理不尽極まりなかったようで──。島倉は、男を信じて手形の保証人となったせ...
記事全文を読む→バナナマンの日村勇紀が当面の間休養に専念すると、所属事務所ホリプロコムの公式サイトで発表した。今年に入ってから体調を崩すことが多く、医療機関を受診した結果、休養が必要との判断に至ったのだという。「心身の回復を第一に、コンディションを整えなが...
記事全文を読む→ゴールデンウィークが明けても再起の見通しが立たず、長すぎる空白期間を過ごしているのは、左内腹斜筋肉離れでリハビリ中のヤクルト・山田哲人内野手である。沖縄・浦添キャンプのシートノック中に脇腹の張りを訴え、戦線離脱。5月になっても打撃のひねり動...
記事全文を読む→

