スポーツ
Posted on 2024年05月05日 09:59

突然「欠番解消」になった近鉄バファローズの珍事/あなたの知らないプロ野球「永久欠番」秘聞

2024年05月05日 09:59

 球団の合併をきっかけに、永久欠番が解消されたケースがある。日本プロ野球歴代4位の317勝を記録し「草魂」と呼ばれた近鉄バファローズ(現オリックス)鈴木啓示の背番号「1」である。

 育英高校から1965年にドラフト2位で入団。1年目の5月から先発投手陣の一角として起用され、このシーズンは10勝12敗を記録した。翌1967年から5年連続20勝を挙げて、エースとして君臨。1977年に200勝を達成、1984年5月5日の日本ハム戦で通算300勝を達成した、球史に残る大投手だ。

 1985年7月9日、日本ハム戦(後楽園球場)でKOされると、翌日に現役引退を表明。功績を高く評価した球団は、その背番号「1」を7月31日付で永久欠番とすることを決定した。パ・リーグ初の永久欠番となったのである。

 1993年に監督に就任した直後、ドラフト5位で入団した大島公一がアマチュア時代に付けていた背番号「1」を、永久欠番を承知で希望する事件があった。

 だが2004年に近鉄とオリックスが合併。オリックスからは、背番号「1」をオリックスの永久欠番にすることを提案されたが、本人が辞退した。オリックス・バファローズでは、背番号「1」は永久欠番ではなくなったのである。

 そのため新生オリックスでは、合併前から背番号「1」を付けていた後藤光尊が、継続して背負うことになった。

 近鉄監督時代は当時のエース・野茂英雄らとの確執などもあり、1995年途中で退任した。その後、長年にわたり近鉄OB会長を務めていたが、近鉄OB会は2019年1月で閉会となっている。

 現在、オリックスの背番号「1」は、外野手の福田周平が付けている。

(阿部勝彦)

全文を読む
カテゴリー:
タグ:
関連記事
SPECIAL
  • アサ芸チョイス

  • アサ芸チョイス
    芸能
    2013年11月26日 10:00

    11月8日、歌手・島倉千代子(享年75)が肝臓ガンで死去した。島倉といえば、演歌の王道を歩むように、その生き様は苦労の連続だった。中でも、莫大な借金返済で味わった地獄は理不尽極まりなかったようで──。島倉は、男を信じて手形の保証人となったせ...

    記事全文を読む→
    芸能
    2026年05月02日 18:00

    三陸沖で再び地震が発生し、富士山噴火を危惧する特番が組まれ、高市政権は武器輸出を解禁─この不穏な流れは何かの兆しなのか?いち早く察知したのは「Mr.都市伝説」関暁夫氏だ。30年以上前に作られたカードが、驚愕の未来を暗示しているという。いった...

    記事全文を読む→
    スポーツ
    2026年05月03日 18:00

    世界の大谷翔平の背中を追う「後継者」が、同じ米国で静かに存在感を強めようとしている。日本を経由せずに米大学で名を馳せて、即メジャー入団を夢見る怪物のことだ。ところが今、その進路を巡って“別シナリオ”が確定的と言われているのだ。は...

    記事全文を読む→
    注目キーワード
    最新号 / アサヒ芸能関連リンク
    アサヒ芸能カバー画像
    週刊アサヒ芸能
    2026/4/28発売
    ■680円(税込)
    アーカイブ
    アサ芸プラス twitterへリンク