来年1月20日、いよいよトランプ新政権が誕生する。現在、新たな閣僚の人選が進められているが、それを取り仕切っている中心人物がいる。トランプの絶大な信頼を得ている、その人物が他の数人の側近と協議しながら新政権の人選を采配し、それをトランプはほぼ全面的に承認している。まさに、第2期トランプ政権の「黒幕」といってもいい、その人物はトランプの長男であるドナルド・トランプ・ジュニアだ。
もともと敵が多いトランプは、身内を重用する傾向が強かった。17年に発足した第1期政権では、長女のイバンカを大統領補佐官に任命し、事実上の秘書役とした。そのイバンカの夫である不動産業者のジャレッド・クシュナーも大統領上級顧問に任命され、トランプの最上位の側近としてホワイトハウスの実権を握った。クシュナーは政治も行政も素人だったが、政権の外交政策でも大きな発言力を持った。
今回の第2期政権では、イバンカやクシュナーは後方に控えているが、その代わりにトランプ・ジュニアが全権を握った。彼は父トランプの政治活動を補佐した経験はあるが、もともと父の不動産投資事業を継いだ実業家であり、やはり政治は素人に毛が生えた程度である。そんな人物が、次期大統領の長男だというだけで世界一の超大国で最強のウラ権力を握っているというのだから、異常事態というしかない。
トランプ・ジュニアは現在46歳。父トランプはこれまで3人の女性(全員がモデル)と結婚しているが、その最初の妻の息子だ。ちなみに、父トランプには最初の妻との間に前出・イバンカ(43歳)と次男(40歳)を含めて3人の子供がおり、2番目の妻との間に次女(31歳)、3番目にあたる現在のメラニア夫人との間に三男(18歳)がいる。つまり計5人の子供がいて、トランプ・ジュニアはその最年長となる。
なお、次男も父のビジネスを継いだ実業家だが、やはり父の政治の補佐をしている。次女は法務博士だが、特にビジネスを任されているわけではない。モデル経験を経て、現在は社交界が活動の中心だが、広報役として父の選挙運動を手伝ってはいる。三男はまだ大学生で、幼少時に父の関係の番組に出演歴はあるが、政治活動は特にしていない。
さて、そんなトランプ一家だが、前述したように長女イバンカは現在、政治から離れており、長男と次男が父の政治運動の補佐をしているわけだが、圧倒的に長男のトランプ・ジュニアが力を持っている。
トランプ・ジュニアは1977年にニューヨークのマンハッタンで生まれた。12歳の時に父の不倫で両親は離婚。彼はそんな父に反発し、その後しばらく父とは疎遠だった。寄宿学校を経てペンシルバニア大学を卒業するが、仕事もせずにコロラド州でトラック生活をし、狩猟や釣り、スキー三昧の放蕩息子だった。バーで飲み歩き、バーテンダーとしてバイトするなど大富豪の長男として気ままな生活をしていた。だが、家族の説得もあってニューヨークに戻り、父の会社に入る。長男として経営を仕込まれ、不動産開発部門を任された。
父がテレビのリアリティ番組の司会で人気を博した際、トランプ・ジュニアも常連のように出演した。父親がニューヨークの実業家然とした雰囲気なのに対し、当時は長髪でワイルド系だったトランプ・ジュニアも注目された。
トランプ・ジュニア自身、父以上の保守思想の持主で、父の政界入りを積極的に推し進めた。16年の大統領選挙でも選挙運動の中心的な役割を果たしている。ただし、17年に父が大統領になった際にはトランプ・ジュニアは弟(次男)とともにビジネス界に残った。トランプ家の巨大ビジネスを率いるのに、大統領の親族ということでホワイトハウスとは距離をとる必要があったのだ。
しかし、その間も政治的な活動は積極的に続けた。彼自身は政治家ではなかったが、共和党を支援。同党の有力候補を資金面で支えるとともに、大統領の息子としての高い知名度を活かし、選挙応援でも抜群の動員力を見せた。銃規制反対の集会では、父とは違うタイプのワイルド系ぶりが人気を呼んだ。その頃、妻と離婚し、FOXニュースの美人キャスターと交際。2人で政治集会に登場し、保守層の支持を広げた。父トランプが敗北した20年選挙では、バイデン攻撃を積極的に行った。その後もトランプ・ジュニア自身のポッドキャストを運営するなど、強硬な反バイデン運動を展開。今回の大統領選では父の名代的立場で選挙戦を取り仕切った。
こうして彼は、今や「米国の黒幕」となった。彼本人には公的な政治経験はないが、おそらく次期政権の要職に入り、政治家として父の後継者になる。米国にはケネディ家やブッシュ家のような有名な政治家一族はあるが、もしかしたらトランプ家もそんな存在になっていくのかもしれない。
なお、血縁ではないものの、トランプ一族にはもう1人、米国民の注目を集めている人物がいる。トランプの次男の妻であるララ・トランプだ。トランプ・ジュニアからすると義妹ということになる。
ララは1982年生まれの42歳。ノースカロライナ州立大学を卒業後、ニューヨークでフランス料理の学校に通ったという珍しい経歴もある。20代後半よりトランプの次男と交際しているが、その頃、TV雑誌「インサイド・エディション」の幹部に。そこで頭角を現し、保守系の人脈を広げた。トランプ次男とは14年に結婚。16年の大統領選では女性票獲得の集会を仕切るなど、活発に活動した。
義父が大統領となったことで、ララも保守派の論客として注目されるようになる。20年選挙でも選挙戦の先頭に立つが、バイデンに敗北した後、議会襲撃の引き金になったトランプ演説があった集会では、トランプ、トランプ・ジュニアなどと並び、ララも激しい演説をしている。
ララはその後も保守派の論客として活動。21年にはFOXニュースと契約している。24年2月、共和党全国委員会の共同議長に就任。今年の選挙戦でも華々しく活躍した。今後4年間、トランプ家が共和党を牛耳ることになるが、ララ・トランプが、その大ボスとなるだろう。米国はまるでトランプ家の所有物になったような趣である。
黒井文太郎(くろい・ぶんたろう)1963年福島県生まれ。大学卒業後、講談社、月刊「軍事研究」特約記者、「ワールドインテリジェンス」編集長を経て軍事ジャーナリストに。近著は「工作・謀略の国際政治」(ワニブックス)