国際政治の最重要人物として、大国の指導者が挙げられる。具体的にはトランプ、プーチン、習近平がトップ3で、この3者の影響力は群を抜いて大きい。
しかし、それ以外にも国際政治でそれなりに大きな影響力を持つリーダーもいる。欧州の主要国である英仏独のトップであるスターマー英首相、マクロン仏大統領、メルツ独首相や、中東の有力国の指導者であるイスラエルのネタニヤフ首相、あるいはイランのハメネイ最高指導者などで、彼らは国際ニュースでも常連の要人たちである。
ところが、そこまで重要国のリーダーではないものの、国際政治のパワーバランスを左右するキーマンの中に、凄まじく権謀術数に長けた寝業師たちがいる。まさに要注意人物と言えるが、そのトップ5を紹介しよう。
まずは成長著しい準大国・インドのナレンドラ・モディ首相(74)だ。インドはもともと人口大国の後進国だったが、近年は豊富な資源やIT技術で力をつけ、中産階級も飛躍的に成長した。モディは欧米主導の“西側”とも、中露ら“反民主主義独裁陣営”とも一線を画す「グローバルサウス」を主導する人物である。
インドは国民の選挙で政治家を決める民主国家で、モディも民主的に選ばれているが、国内では独裁色がきわめて強く、反対派やメディアなどへの露骨な弾圧を行っている。インドはウクライナを侵略したロシアから格安でエネルギー資源を爆買いし、モディ政権と対立するシーク教徒活動家を米国やカナダで暗殺や暗殺未遂するなど、国際政治上の不安定要素のひとつとなっており、そうした政策の責任はモディ自身にある。モディがどう判断し、どう動くかで、国際安全保障は大きく左右される。
日本では中国包囲網の枠組みであるクアッド(日米豪印戦略対話)の一翼を担うことで親近感を抱かれているが、モディはあくまで経済上の協力関係にとどめ、軍事的な協力関係では一線を画している。国際政治のバランスをうまく利用する策士そのものなのだ。
モディは階級社会の同国の下層階級の出身。ヒンズー至上主義の極右組織の活動家を経て政治家に。もともと民主的な思想とは反対の人物なのである。
一方、西側の政治家の中で、クセモノ度が高いのが、イタリアのジョルジャ・メローニ首相(48)だ。少なくとも建前上は人権擁護を標榜する人物が多い西欧の指導者の中で、彼女はリベラル的な人権についてはまったく無頓着な右翼ポピュリストである。移民排斥に加え、性的少数派擁護、中絶、安楽死にも反対。国際協力でもEUに非協調的な立場をとる。そうした“女だてらにマッチョ”的な傾向がイタリアの右派から人気を博している。ウクライナ問題でも、将来の停戦に向けて英仏独が監視部隊を派遣する意向を示した際、いち早く不参加を表明した。
メローニは家族の影響で学生時代から右翼組織で活動。卒業後はウェイトレスやベビーシッター、バーテンダーなどをしながら政治活動を続け、右翼政党の青年組織指導者を経て中央政界で頭角を現した。トランプとは波長が合うようだ。
続いて、紛争の絶えない中東地域での要注意人物を2人、紹介したい。ひとりはトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領(71)だ。トルコはNATOに加盟する西側の国だが、エルドアンは欧州の国々には必ずしも同調せず、独自の言動が目立つ。中東情勢だけでなく、ロシア=ウクライナ戦争でも仲介に名乗りを上げるなど、独断的な行動が多い。国際政治の微妙な局面で、常に自分が目立つ役割を果たそうとする傾向も顕著だ。
エルドアンは学生時代からイスラム主義政党で活動を始め、イスタンブール市長、首相を経て大統領となった。なお、トルコ国内での政治的姿勢はイスラム主義で右翼であり、ポピュリズム的な傾向で国民の人気は高い。ただし、政界の自分の反対派への弾圧は過酷で、独裁者そのもの。これからもエルドアンは国際政治の場での“協調”の動きを荒らし回ることになるだろう。 中東でのもう1人の策士は、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマーン皇太子(39)だ。父であるサルマーン国王は89歳と高齢で、その王位継承者の皇太子として同国の全権を握る。公式には首相でもあるが、事実上は王国の独裁者である。
ムハンマド皇太子はその年齢から経済改革派で、石油依存の同国経済の近代化を進めているため、西側での人気は高いが、国内では独裁色が強く、自分への反対派は苛烈に弾圧している。もともと自分たちの一族のライバル的な有力一族を力で排除したことで父の権力を確立したという血塗られた経緯があるが、その後も著名なジャーナリストへの暗殺指令でも濃厚な疑惑を持たれている。また、隣国イエメンへの空爆で多数の民間人犠牲者を生むなどの黒歴史も横たわる。
最後に、NATOのメンバーでありながら、プーチンの熱烈な支持者という問題児を紹介する。ハンガリーのオルバン・ビクトル首相(61)だ。
ハンガリーは冷戦時代、ソ連の勢力圏であるワルシャワ条約機構の国だった。しかし、冷戦後期は共産圏の中では比較的開明的な国家になる。冷戦終結後、早い時期に西側に接近し、NATOに加盟した。しかし、長引く経済不況で極右勢力が浮上。それを率いたのがオルバンだ。
彼は冷戦期の少年時代をサッカー選手として過ごした。冷戦終結期には民主化活動家として活躍。民主化後にどんどん極右政治家に変貌した。オルバンの基本的な路線はハンガリー民族主義だが、そこから移民排斥などに向かう。やがてプーチンを支持するようになり、今や欧州で最も親プーチンを掲げる国家指導者になった。ウクライナ戦争でも、NATOの団結を分断するのは常にオルバンとなっている。
現在、トランプ、プーチン、習近平の3人が超大国を率いる世界は、ますます平和とは逆の混乱に向かっているが、そんな中、希代の寝業師トップ5であるモディ、メローニ、エルドアン、ムハンマド皇太子、オルバンの動向はまさに警戒すべきであろう。
黒井文太郎(くろい・ぶんたろう)1963年福島県生まれ。大学卒業後、講談社、月刊「軍事研究」特約記者、「ワールドインテリジェンス」編集長を経て軍事ジャーナリストに。近著は「工作・謀略の国際政治」(ワニブックス)