30歳、40歳、50歳……年齢の節目とともに意識せざるを得ないのが“QOL”の変化。いわゆる生活や人生の質を表す指標だ。「調子がいいと感じる日が減り、いつの間にか元気を保てなくなっている……」「男性特有の悩みが気になり男として終...
記事全文を読む→【直撃取材の舞台裏】田原俊彦から控室に呼ばれて行ってみたら「予想外の対応」が!
人気絶頂時のトップアイドルだった田原俊彦に、直撃取材したことがあった。1983年のことだ。当時はまだ新宿区河田町にあったフジテレビに潜入し、収録後の田原を直撃するという手筈だった。松田聖子と交際の噂があり、これについて問い質すのが、新人である記者に課せられた使命だった。
この頃のテレビ局は比較的警備が緩く、名刺を出せば中に入ることができた。筆者が所属していた媒体はジャニーズ事務所から出禁を食らっていたため「まともな取材はできないだろう」と諦め半分で田原の控室近くで待機していた。
そうして30分ほど経った頃だろうか。ひとりの男性が筆者に声をかけてきた。「田原が呼んでいます」というのだ。てっきり抗議されるものかと思い、田原の控室に入った。
田原は筆者に笑顔を見せながら言った。
「いや、他の人に迷惑なると思うので来ていただきました。聞きたいことがあるならお話ししますので」
なんと意外な言葉を発したのである。予想外の対応に驚きつつも、聖子との噂について聞くと、淡々と答える。
「聖子ちゃんとはいいお友達です。言われてるような関係ではありませんよ」
田原に対しては「チャラいお兄ちゃん」みたいなイメージを持っていたが、この紳士的な対応には驚いた。当時、彼は22歳ぐらいだったと思うが、自分よりも年上に見えたものだ。
田原は1994年に長女誕生後の記者会見で、
「僕くらいビッグになると」
と発言。ジョークが通じずにメディアから大バッシングされたが、筆者は秘かに「負けるなよ」と応援していたものだ。
(升田幸一)
アサ芸チョイス
2028年のNHK大河ドラマが「ジョン万」であることが発表された。ジョン万次郎こと中濱万次郞の波乱に満ちた人生の物語で、NHKのサイトから一部抜粋すると「19世紀の日米と太平洋を舞台に、命がけのサバイバルの連続と遥かなる再会のロマンを描く。...
記事全文を読む→昨年8月、栃木工場でミッドナイトパープルの最後の一台が、静かにラインを離れた。それがR35 GT-Rの終わりだった。そしてこの4月14日、日産のエスピノーサCEOが長期ビジョン発表会の場で、記者の質問に答えた。「GT-Rは出す」いつ、どんな...
記事全文を読む→4月15日に等々力球場(神奈川県川崎市)で開催された東都大学野球2部リーグ・日本大学対拓殖大学2回戦。スタンドの大学関係者やファンの視線をひときわ集めていたのが、日大の7番ファーストでスタメン出場していた村上慶太である。今季からホワイトソッ...
記事全文を読む→

