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記事全文を読む→BOØWY・高橋まこと「布袋の『売れたら解散』の一言でエンドになった」/80〜90年代バンドブーム絶頂期「秘話」を激白
今も伝説のバンドとして語られる「BOØWY」。元メンバーの高橋まこと(71)が、衝撃的な氷室京介(64)との出会い、解散の真実、そして、ブーム黎明期を支えた伝説のバンドとの知られざる思い出を語った。
ヒムロックと出会ったのが、ライブハウスの「新宿ロフト」にBOØWYのライブを観に行ったのが最初なんですよ。ドラムの人が抜けて、その後釜を探してるという話でね。ライブ終演後に楽屋へ顔を出したら、氷室が「電話番号を交換しましょう」とか言って。彼は年下なんだけど、雰囲気が怖いのよ(笑)。尖った感じで、ストイックで。それが第一印象でした。
それから、スタジオの練習に誘われたのがきっかけでバンドに加入したんです。当時、俺はハードロックをやってたから、BOØWYとは少し音楽性が違ってたんだけど、なんか面白いなって。売れるとか売れないは関係なくて、一緒に演奏してみたら面白いんじゃねぇかっていう気持ちでした。でも、だいたい3年ぐらいはサッパリ、ダメで(笑)。ライブに来てくれるお客さんも十数人なんていうこともありましたからね。3枚目のアルバム「BOØWY」で一気に人気に火がついて、氷室なんかファンに自宅を特定されたりゴミを漁られたり大変だったみたい。俺はトレードマークのサングラスを外せばバレないから、大変な思いをしたことはないな。だって、自宅から仕事場へ向かう途中に、近隣の高校生たちとたくさんすれ違うけど誰も気づかないの。悔しいから、サングラスをかけて歩いてみようかなって思ったこともあったよ(笑)。
その頃、仲がよかったバンド? 「ARB」でドラムをやってたKEITHは、同じ東北出身だったからすぐに仲よくなって飲みに行ったりね。あと、パンクの「アナーキー」とも懇意にしてましたよ。まわりの人たちは、本物の不良みたいに言うけど、それはステージの上だけ。ステージを降りたら、普通に話ができる人たちでしたね。
氷室や布袋だって、そうですよ。勝手なイメージで怖い人だと思われがちですが、バンド内で喧嘩をしたこともないし。あえて言えば、俺は年上だから、打ち上げでちょっと口を出したほうがいいかなっていう時に「それは、やめとこうよ」みたいにたしなめることはあったかな(笑)。年長者として、マナーについては少し口を挟んだことがあるぐらいです。
だから、解散する時も揉めなかったです。一部では不仲になったとか、いろいろと言う人もいるけど、そんなことは全然ありません。だって、バンドとして売れる前から布袋が「売れたら解散しようね」って言っていて、ちょうどバンドとしてピークに差しかかったら辞めようかって‥‥。
不思議なもんで、最後のアルバムになった「PHYCHOPATH」をレコーディングしてる時から、口には一切出してないのに、メンバーやスタッフの心の中では「これで解散するんだな」っていう空気が漂っていました。氷室や布袋が決めたことだから、誰も止めなかったしね。
今から思えば、俺らのバンドが解散してから、本格的にバンドブームが到来して、「ブルーハーツ」とか「プリンセスプリンセス」みたいなバンドが出てきましたね。でも、俺たちみたいに解散してから何十年も経って、こうして話を聞きに来るバンドって、そう滅多にいないよね。それだけ伝説のバンドだったのかな。一時は、BOØWYのことばっかり聞きに来るからさ、「いや、俺がやってるバンドについても聞けよ」ってウンザリしたこともあったよ(笑)。でも、氷室も布袋もしゃべらないから、語り部として、これからも語っていきますよ。
高橋まこと:1954年福島生まれ。「BOØWY」のドラマーを務め、解散後は、「De-LAX」や「GEENA」など、数々のバンドで活躍。24年には、自身の息子でありミュージシャンのKEITAと2ピースバンド「THE FROGLETS」を結成し話題となった
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