社会

〈推し武将ベスト〉評価が爆上がりした久秀、長慶、徳川秀忠のナゼ/あなたは推し武将の死に様を知っていますか?(3)

 河合氏が、最新刊『戦国武将臨終図巻』で、特に注目してほしい「推し武将」のベスト4を挙げる。

 推し武将のセレクトにあたり、これまで定説とされてきた悪人イメージが、近年の学説や研究によって大きく変わったり、牢人から大名に復活したり、現代を生きる私たちに生きるヒントを与えてくれる戦国武将に注目したと河合氏。

 まず第4位は、従来、梟雄という悪役のイメージが定着している松永久秀だ。

「松永久秀は、これまで3つの悪事、室町幕府の将軍・足利義輝殺害、主君・三好長慶毒殺、東大寺大仏殿の焼き打ち実行者と言われてきました。信長を何度も裏切って、最期は信貴山城に立て籠もり、信長から名茶器である『平蜘蛛の茶釜を渡せば許す』と言われたにもかかわらず、城に火を放ってその茶釜を打ち砕いて一緒に爆死したと言われてきました。ところが、最近の研究で、これらはまったくの濡れ衣で、実際には、将軍や三好家のために忠誠を尽くした有能な官僚だったということがわかってきたのです」

 第3位に挙げるのは、その松永久秀が仕えた三好長慶だ。

「長慶は、織田信長より前に天下人だったという学者もおり、最近、注目されるようになって人気急上昇中の戦国武将です。キリスト教を保護したり、交易にも積極的で居城を次々に変えたりと長慶のとった政策を信長が真似ているところがあります。阿あ波わ(徳島県)から出て畿内全域から四国まで十数カ国を治めて、将軍や管領らと対立。彼らを追い払い、独自の京都政権を作りました。最期は病気で43歳の若さで死去しますが、長慶がもう少し長生きしていたら、政権は盤石になり、信長が京都に進出する余地はなかったかもしれません」

 第2位に挙げるのは、徳川家康の後を継いだ二代将軍の徳川秀忠だ。

「関ヶ原の戦いの時には、上田城で真田を攻めあぐねて、関ヶ原に遅れたことで家康に叱責され、一般には凡庸な二代目といわれてきました。家康が生きている間は、父親に逆らわず従っています。ところが家康が死んだとたん、豹変して、強権を発動。幕府を軽んじるような行動に対しては、厳しく処罰、周りを震え上がらせます。異母弟の松平忠輝や福島正則、本多正純など多くの大名を改易して統制を強め、一気に将軍の権威を高めていったのです。徳川幕府の二代目として、江戸幕府260年の礎を築いたと言ってもいいと私は考えています」

 河合氏が最後に挙げる「推し武将」ベスト1は、立花宗茂だ。九州・豊後の大名・大友家の家臣だった高橋紹運の嫡男に生まれ、同じ大友家で父・紹運の同僚で猛将として有名な立花道雪の養子となり数々の武功を挙げる。豊臣秀吉には朝鮮出兵の際、「日本無双」と高く評価されるが、関ヶ原の戦い後、領地を没収され、牢人に転落する。

「関ヶ原で負けて領地を取られてしまったにもかかわらず、徳川の旗本になって一からやり直すんです。そこまで6年の苦節がありながら、それを乗り越えて、家康の息子の二代将軍秀忠の信頼を得て、元々の領地柳川を回復するという復活を遂げた武将です。関ヶ原後に領地を奪われて再び旧領に返り咲いたのは宗茂ただ一人です。晩年には、三代将軍の家光が宗茂を慕って、どこに行くのにも宗茂を伴って行くようになります。宗茂は跡継ぎの忠茂あての手紙でしばしば『草臥れ申し候』と言いながらも、まんざらでもない様子でした。家光は、突然に宗茂の屋敷を訪ねて魚とりをしたり、自身が差していた脇差しを下賜したり、年老いた宗茂の身体を気遣って杖を与え江戸城内で使用することを許したり、特別扱いして厚遇しています。年を取り老人になったとしても、若い人からリスペクトされ、必要とされるというのは、とても幸せなことです。その相手が将軍であればなおさらですね」

 家光は、外様ながら、晩年の伊達政宗にも特別待遇を与えていた。政宗も諸大名を前に、(家光の)命令に背く者があれば自分が即座に成敗すると言って信頼に応えたという。宗茂同様、まことに幸せな晩年だ。

 『戦国武将臨終図巻』に登場した40人を享年順、つまり長生きした順に並べると、1位の宇喜多秀家84歳を筆頭に、2位立花宗茂76歳、3位毛利元就75歳、4位徳川家康75歳、5位伊達政宗70歳と、戦国の乱世を生き延びた武将たちである。

 宇喜多秀家は関ヶ原の後に八丈島に島流しになって豊臣五大老の栄華から一転しての孤島での貧困暮らし。しかし、皮肉にも南の島での質素な生活を送ったことで、戦国武将最高齢の84歳まで生きた。毛利元就は父や兄が酒好きで酒のせいで早死にしたと考え、酒を飲まなかったことが長寿に繋がると信じていたという。徳川家康は自ら薬を調合するほどの健康オタクだったことは有名だ。伊達政宗は健康は食からと料理研究家とでも言えそうなほど、養生、滋養にいい料理を手ずから作って周囲に振る舞ったという。

 筋を通し義に生き、信念を貫いて、華々しく散ることは武士の美学。しかし、立花宗茂が大復活できたのは、76歳まで生きたからに他ならない。

 河合氏は、「戦国武将の臨終を見てきて、確実に言えるのは、成功の秘訣は健康で長生きすること」だと結論づける。

 そして、読者へのメッセージとして「健康に気をつけ長生きして、やりたいことは今すぐ実行に移すことです」と締めくくる。

 後悔することのない生き様こそが、見事な死に様を担保すると言えようか。 終活とは「よく生きる」ことと同義である。

河合敦著『戦国武将臨終図巻』(徳間書店刊)。本誌好評連載中の『真説!日本史傑物伝』特別編、待望の書籍化。従来の通説を覆す最新の研究成果と発見が自在に展開される「真説」『戦国武将臨終図巻』である。

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