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記事全文を読む→サイレン鳴らしたパトカーが!地獄のブラジル留学で鈴木隆行が「射殺寸前」の戦慄体験
ブラジルにサッカー留学した日本人サッカー選手は少なくない。この時、ほとんどの選手が危険な目に遭っている。元日本代表の北澤豪氏は、クラブハウスのロッカーから毎日、少しずつ物が盗まれていたことがある、と明かしている。2002年W杯日韓大会でゴールを決めた鈴木隆行氏も、ブラジル留学中に命の危機があったと、鈴木啓太氏のYouTubeチャンネルで語った。
鈴木氏は高卒で鹿島アントラーズに入団したが、選手層の厚さから試合に出場できず、2年目にブラジルへ留学。人生で最もきつい時期だったと当時を振り返っている。
「遠征に行ったら、グラウンドか原っぱか分からないスタジアムでサッカーをしないといけない。掘っ立て小屋で着替える場所もないような。トイレなんてドアがない。盗まれてるから。シャワーは水が出ればいい方で、シャワーヘッドがない。それも多分、盗まれたんだろうね。アウェーに行ったら罵声を浴びせられて、しまいには(両手で持つ大きさの)石が飛んできたりする」
チームをリオ州2部へと昇格させる活躍で日本に帰ってきたが、Jリーグでは活躍できず、再びブラジルへ。
「命に関わるようなことは何回もある。自宅から300メートルのところにガソリンスタンドがあって、よく買い物に行っていた。戻ってくる時に5、5台のパトカーがサイレンを鳴らして近づいていた。住人の女の子とそのお母さんがいて、すごい勢いでパトカーが来てるから、とにかく逃げた。本当は泥棒か何かを追いかけていたけど、俺達が逃げるから犯人だと思われて、みんなから銃口を向けられた。お母さんと娘さんと俺でマンションに飛び込んだ。下手したら撃たれていた。マジかんべんしてくれと思った。あれがいちばん怖かった」
日本ではできない経験をしたことで、メンタル面が鍛えられたと、鈴木氏は言うのだが…。
この後、日本に戻って鹿島で活躍。日本代表に選ばれて、W杯にも出場した。ブラジルでの危機が大きく成長させたのは間違いない。
(鈴木誠)
アサ芸チョイス
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