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記事全文を読む→ホントーク〈五木寛之×綿矢りさ〉(2)もの忘れをした時思い出す努力を!
綿矢 どうやって独自の養生法を編み出していらっしゃるんですか。
五木 毎年、歩行などフィジカルのテーマを1つ決めてそれをやる。例えば「今年は咀嚼をメインにやろう」と決めたら、上から下へ嚙んでいるのか、左右に歯ぎしりするように嚙んでいるのか、どこまで嚙めばいいのか、といったことを徹底的に考察するんだ(笑)。僕はそれを「そしゃく道」と名付けて、遊びながら嚙み方を研究工夫する。そもそも僕の養生の基本は口、目、耳、足や手の指といった体の末端にあるものを大事にするという考え方が基本でね。朝と寝る時にね、足の指をヤツデの葉のように開けるよう30年あまりやってるんだけれど、なかなか綺麗に開かないですね(笑)。
綿矢 私、それが特技なんです(足の指を開いて見せる)。
五木 これはすごいね。ヒマラヤのシェルパ級だ。
綿矢 ありがとうございます(笑)。ところで、私はトレーニングなど長続きしないのですが、養生法を毎日続ける秘訣はありますか。
五木 おもしろがってやるというのが大事ですよね。僕は90歳を過ぎてポンコツの車と同じように、あっちこっち修理しながら走らせているという感じですから、効果があろうがなかろうが、養生することがおもしろいから続けているだけ。
綿矢 今回の本のタイトルにある「遊行期」とは、古代インドで考えられた概念だそうですね。
五木 人生100年を「学生期」「家住期」「林住期」「遊行期」の4つの時期に分ける「四住期」という考え方でね。
綿矢 07年に先生が出版された「林住期」(幻冬舎)は、50歳からが人生のクライマックスということで、とても話題になりました。
五木 「遊行期」は、人生100年としたら75歳以降でしょう。憂いのない平凡な時が流れる一方で、老いもボケもやってくる時期です。
綿矢 年を取って、誰もが心配するのが「ボケる」ことだと思います。「もの忘れをした時、思い出す努力をしたほうがいい」と先生は言われていますが、努力をしないと、もの忘れがひどくなりますか。
五木 忘れようと思っても忘れることができないこともあるし、大事に思っていたことを忘れてしまうこともある。世の中に必要でないものが、その人を支えていることもあるわけ。写真にたとえていうと、ボケることはソフトフォーカスのようなものじゃないのかな。
綿矢 被写体を柔らかい印象で撮る方法ですね。
五木 ボカすことによって大事なものを見失わないように、クリアにとらえる工夫じゃないかと思います。
ゲスト:五木寛之(いつき・ひろゆき)1932年、福岡県生まれ。作家。朝鮮半島で幼少期を送り、引き揚げ後、52年に上京して早稲田大学文学部露文科に入学。57年に中退後、編集者、ルポライターなどを経て、66年「さらばモスクワ愚連隊」で小説現代新人賞、67年「蒼ざめた馬を見よ」で直木賞、76年「青春の門 筑豊篇」ほかで吉川英治文学賞、02年、菊池寛賞、10年「親鸞」で毎日出版文化賞特別賞を受賞。22年より日本藝術院会員。
聞き手:綿矢りさ(わたや・りさ)1984 年京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒業。01年「インストール」で文藝賞を受賞しデビュー。04年「蹴りたい背中」で芥川賞を受賞。12年「かわいそうだね?」で大江健三郎賞、19年「生のみ生のままで」で島清恋愛文学賞を受賞。「勝手にふるえてろ」「私をくいとめて」など著書多数。
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