30歳、40歳、50歳……年齢の節目とともに意識せざるを得ないのが“QOL”の変化。いわゆる生活や人生の質を表す指標だ。「調子がいいと感じる日が減り、いつの間にか元気を保てなくなっている……」「男性特有の悩みが気になり男として終...
記事全文を読む→【サッカーぶっちゃけ話】本田圭佑がズバリ激白「中村俊輔と対立していた」不仲の原因は「フリーキック」だった
日本サッカー界において、かつて日本代表の中心選手としてチームを引っ張った中村俊輔氏と本田圭佑氏は、2010年W杯南アフリカ大会の前後から「対立」が報じられるようになった。2023年に行われた中村氏の引退試合に、ポジションを争ったライバルの中田英寿氏は参加したものの、本田氏は姿を見せず、不仲は今も続いているとされる。
そして案の定、南アフリカ大会の時にはすでに関係が悪化していたと、本田氏は明言したのだった。鈴木啓太氏のYouTubeチャンネルに出演した本田氏の口からは、不仲の原因は噂されたようにフリーキックだと明かされた。
ただ、同じくフリーキックを蹴った遠藤保仁氏との関係はよかった。デンマーク戦のFK前に遠藤氏と何を話していたのか聞かれた本田氏は、
「ヤットさんとは、場所が中央になった時にはどっちが蹴るか話をしてたので、(その時も)そういう話をしていた。(遠藤氏が蹴ったのだが)なんでか分からないですけど、ヤットさんとは最後まで揉めたりしたことは、実はあまりなくて。わりといい感じで、自分が『確かにここはヤットさんの方がいいな』と思えたり、逆もそうなのかなと思うんですけど、全然すんなり入ってきた感じです」
ところが中村氏との関係は、これとは全く異なる。「中村氏と言い争っていた、という話もあるが」と鈴木氏に水を向けられると、
「そうですね、左利きで被るので。当然、蹴りたい場所が一緒なので」
FKをめぐって対立していたことを、あっさりと認めたのである。
とはいえ、先輩に対してのリスペクトは欠かしていないようで、大会中に控えだった中村氏や川口能活氏がチームを盛り上げる振る舞いをしていたことについて、
「俊さんや先輩たちが、うまくいってないまま大会に来たこの流れを引きずらないようにしようとしてくれている雰囲気は、感じていました」
きちんと感謝の言葉を述べたのだった。
攻撃の選手は「俺が決めてやる」という気持ちが大事だと言われるが、2人はそんな思いを持っていたからこそ、偉大な選手になることができたのだろう。と同時に、もう和解すればいいのに、と思わずにはいられない。
(鈴木誠)
アサ芸チョイス
2028年のNHK大河ドラマが「ジョン万」であることが発表された。ジョン万次郎こと中濱万次郞の波乱に満ちた人生の物語で、NHKのサイトから一部抜粋すると「19世紀の日米と太平洋を舞台に、命がけのサバイバルの連続と遥かなる再会のロマンを描く。...
記事全文を読む→昨年8月、栃木工場でミッドナイトパープルの最後の一台が、静かにラインを離れた。それがR35 GT-Rの終わりだった。そしてこの4月14日、日産のエスピノーサCEOが長期ビジョン発表会の場で、記者の質問に答えた。「GT-Rは出す」いつ、どんな...
記事全文を読む→4月15日に等々力球場(神奈川県川崎市)で開催された東都大学野球2部リーグ・日本大学対拓殖大学2回戦。スタンドの大学関係者やファンの視線をひときわ集めていたのが、日大の7番ファーストでスタメン出場していた村上慶太である。今季からホワイトソッ...
記事全文を読む→
