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記事全文を読む→「直撃インタビュー・松野明美」バルセロナ五輪代表アピール会見の舞台裏/アサ芸「スクープ血風録」〈スポーツスキャンダル編〉
92年バルセロナ五輪女子マラソン代表選考会2日前に突如、記者会見を開いたのは松野明美(57)だった。「私が出たら確実にメダルが獲れる」と豪語する前代未聞のパフォーマンスに世間は驚いたが、結果は落選。あの時の思いを本人に直撃した!
─92年の大阪国際女子マラソンで初のマラソン挑戦。それがいきなりの2位で、前年優勝の有森裕子選手の記録を抜いた。五輪代表は確実だったと?
松野 1位の小鴨由水さんの記録(当時の日本女子最高記録2時間26分26秒)には及びませんでしたが、2時間27分02秒は初マラソンの世界記録でしたし、実は陸連と岡田監督(ニコニコドー)との間で、無条件で私が選考されるという口約束があったみたいです。
─では、あの記者会見はなぜ開かれた?
松野 当時、所属していたニコニコドーに毎日、電話や取材の依頼が殺到していました。手に負えない状態で、一度会見を開こうとなったんです。
─「私が出たら確実にメダルが獲れる」の真意は?
松野 もちろん、ものすごく練習もしていましたし、実は岡田監督に「メダルを獲ります」と言ったほうがいいと言われて。結果、故郷の熊本弁で言うなら「気の強か女がおんね」とか、いろいろ言われましたね。今で言う炎上状態でしたよ(笑)。
─選考の結果を聞いたのは?
松野 合宿所の2階にいたんですが、監督から「降りてこい」と言われて、大はしゃぎで1階の食堂まで行きました。「落選」と聞いて、目の前が真っ暗に‥‥。当時24歳とはいえ、まだまだ子供だったんでしょうね。(記録が劣る有森選手が選ばれて)「大人はひどい」「裏切られた」と思いました。
─バルセロナ五輪の女子マラソンは見たのですか?
松野 北海道でテレビ観戦しました。何かの企画で、取材陣に囲まれての観戦でした。画面の中に自分の姿が映って見えるんです。上り坂ならこうするとか、スパートはここでするとか、脳裏に浮かぶんです。走っていたら金メダルだったなと、涙が出てきました。
─有森選手は銀メダルを獲得。五輪後に直接話したことは?
松野 お互い無視するというか、会わないようにしていました。でも、2010年にテレビの企画で再会したんです。
─どんな気持ちで?
松野 彼女もまた、当時はいろいろと批判を受けたようで、苦しかったのは自分だけじゃなかったんだなと思うようになりました。
─生まれ変わってもマラソンで五輪は目指す?
松野 今、毎日20キロ走っています。国会のある時は皇居を4周(1周5キロ)走ってから仕事に行きます。今のまま生まれ変わって金メダルが獲れるように、常に戦闘モードです(笑)。
アサ芸チョイス
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