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記事全文を読む→二宮清純の「“平成・令和”スポーツ名勝負」〈羽生結弦「ヘルシンキの奇跡」〉
「羽生結弦」フィギュアスケート世界選手権/2017年4月1日
北欧フィンランドの首都ヘルシンキは、“バルト海の乙女”という愛称で親しまれている。フィンランド湾に面した美しい海岸線を持つ港湾都市だが、緑が多く旅行者の心をなごませる。
今から8年前の2017年の春、このまちでフィギュアスケーター羽生結弦は奇跡を起こした。
2014年2月に開催されたソチ五輪フィギュアスケート男子シングルで、羽生は金メダルを胸に飾った。同種目ではアジア人初の快挙だった。
この3年前、東日本大震災により、羽生本人も出身地の仙台市で被災した。
金メダル獲得後のコメントは、被災地への思いがにじんだものだった。
「自分に、何かできたんだろうかと考えていた。僕一人が、頑張っても、復興の直接の手助けにはならない。無力感さえ感じる」
平昌五輪を2年後に控えた15-16年シーズン、羽生は絶好調だった。ショートプログラム(SP)の110.95点、フリースケーティング(フリー)の219.48点、合計330.43点は、いずれも世界最高得点(当時)だった。
このスコアが重荷になったわけではあるまいが、16-17年シーズンは好不調の波が激しかった。
「自分が一番囚われているのは過去の自分。(自分が持つ歴代最高得点という)数字に囚われて、(演技をするのが)怖かった」
シーズン6戦目の世界選手権。舞台はヘルシンキのハートウォールアリーナ。1万3000人超の収容人数を誇る同国最大の屋内競技場だ。
3月30日(現地時間)、男子SP。羽生は演技前にミスを犯した。名前がコールされてから30秒以内にスタートポジションにつかなかったと見なされ、早々に1点を減点されたのだ。
それでも冒頭の4回転ループを成功させ、自分のリズムに乗るかと思われたが、2本目の4回転サルコーで着氷が乱れた。咄嗟に2回転トーループを付け加え、コンビネーションジャンプに持っていこうとしたが、認定されなかった。
結局、98.39点の5位。首位を走るハビエル・フェルナンデス(スペイン)に10.66点差をつけられた。
「練習してきたことが本番で出せないなら、練習してきたとは言えない」
人一倍負けず嫌いな羽生は、何度も悔しいという言葉を口にし、唇を嚙んだ。
4月1日、フリー。プログラムは「Hope&Legacy」。羽生は最初に跳んだ4回転ループをきれいに着氷させ、勢いに乗った。続く4回転サルコーも成功。静寂に包まれた場内に大きな歓声が上がった。
関係者が固唾を飲んで見守ったのは、演技後半の連続ジャンプ。4回転サルコー-3回転トーループは、シーズン全5試合で成功なし。成功の確率は低いと思われたが、羽生はこれを見事に成功させた。
ここからは、ソチ五輪金メダリストの独壇場。難度の高い4回転ジャンプやトリプルアクセルからのコンビネーションジャンプを次々に成功させ、ノーミスでフィニッシュした。
掲示板に映し出された得点223.20点は、自身が1年4カ月前に記録した世界最高得点を3.72も更新した。羽生は大きく目を見開いて掲示板のビッグスコアを確認した。
大逆転での3季ぶり2度目のワールドチャンピオン。かくしてエイプリルフールの夜、「ヘルシンキの奇跡」の物語は完結した。
二宮清純(にのみや・せいじゅん)1960年、愛媛県生まれ。フリーのスポーツジャーナリストとしてオリンピック、サッカーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。最新刊に「森喜朗 スポーツ独白録」。
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