スポーツ
Posted on 2025年11月15日 05:56

二宮清純の「“平成・令和”スポーツ名勝負」〈3代目若乃花の「小よく大を制す」〉

2025年11月15日 05:56

「若乃花 VS 曙」大相撲1月場所/1997年1月25日

 3代目横綱・若乃花は、デビュー時の1988年3月場所から93年3月場所まで若花田を名乗り、新関脇となった93年5月場所から大関在位7場所目の94年9月場所までは若ノ花をしこ名とした。

 若ノ花から若乃花に改名したのは、94年11月場所から。このしこ名で大関を22場所、横綱を11場所務めた。

 大関に昇進したあたりから、若乃花は地方巡業であまり相撲を取らなくなった。これに対し「人気にあぐらをかいている」という批判が高まった時期がある。

 後年、このことについて聞くと若乃花は「あのまま若い時同様にガンガンやっていたら、私はあと3年、いや5年は早く相撲をやめていたはずです」と言い、内情を明かした。

「私の場合は体が小さい。身上はスピードです。体を痛めてしまってスピードがなくなったら、私はただの力士に成り下がっていた。自分を守るためには、稽古で力をセーブする必要がありました」

 ただし、と言葉を切り、こう付け加えた。

「稽古をおさえるようになったのは、あくまでも地位を得てから。若い頃は100番でも200番でも、それこそぶっ倒れるくらい相撲をとっていた。強くなれば土俵に残れるし、必然的に稽古量も増える。こういう下地があったからこそ29歳まで相撲を続けることができたんです」

 若乃花が大関に昇進した93年9月場所の番付上位陣を見てみよう。

横綱・曙(233キロ)
大関・貴ノ花(150キロ)
同・若ノ花(134キロ)
張出大関・小錦(275キロ)
関脇・武蔵丸(235キロ)
同・貴ノ浪(163・5キロ)
張出関脇・琴錦(128キロ)

 若乃花と琴錦以外は、全員150キロ超。こうした身体的ハンデをものともせず、若乃花は5度の幕内最高優勝(93年3月場所、95年11月場所、97年1月場所、98年3月場所、同年5月場所)を遂げた。小結時代に1回、大関時代に4回だ。

 通算5度の優勝のうち、若乃花が「最も印象に残っている」というのが97年1月場所での3度目の優勝である。

 1月25日、東京・両国国技館。14日目、13勝0敗の若乃花は、12勝1敗と星ひとつの差で追う横綱・曙と対戦した。勝てば、若乃花の優勝が決まる。

 立ち合い、曙はいつものように諸手突きで若乃花の動きを止めにかかる。しかし、上体を後方にそらして圧力を微妙にかわした若乃花は、右を差し、腰を落として、前に出るタイミングを待つ。

 曙が腰を引き、見方によっては臆病なほど、慎重な取り口に終始したのは、大関の投げを警戒したためだろう。

 体重が134キロの若乃花が体重233キロの曙をコントロールしながら、土俵の好位置をキープする光景は、好角家にとってはたまらないものだった。

 低い姿勢から、おっつけながら曙を土俵際に寄っていく若乃花。このままでは不利と判断した曙が、強引に前に出る瞬間を、大関は待っていた。

 曙を土俵中央にまで引き戻し、右足で相手の左足をはね上げる。バランスを崩したところへ、豪快な下手投げ。次の瞬間、曙は根こそぎ引き抜かれた大木のように、裏返しになって土俵に転がった。

 体重差、約100キロ。小よく大を制す─。その手本のような一番だった。

二宮清純(にのみや・せいじゅん)1960年、愛媛県生まれ。フリーのスポーツジャーナリストとしてオリンピック、サッカーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。最新刊に「森喜朗 スポーツ独白録」。

全文を読む
カテゴリー:
タグ:
関連記事
SPECIAL
  • アサ芸チョイス

  • アサ芸チョイス
    社会
    2025年03月23日 05:55

    胃の調子が悪い─。食べすぎや飲みすぎ、ストレス、ウイルス感染など様々な原因が考えられるが、季節も大きく関係している。春は、朝から昼、昼から夜と1日の中の寒暖差が大きく変動するため胃腸の働きをコントロールしている自律神経のバランスが乱れやすく...

    記事全文を読む→
    社会
    2025年05月18日 05:55

    気候の変化が激しいこの時期は、「めまい」を発症しやすくなる。寒暖差だけでなく新年度で環境が変わったことにより、ストレスが増して、自律神経のバランスが乱れ、血管が収縮し、脳の血流が悪くなり、めまいを生じてしまうのだ。めまいは「目の前の景色がぐ...

    記事全文を読む→
    社会
    2025年05月25日 05:55

    急激な気温上昇で体がだるい、何となく気持ちが落ち込む─。もしかしたら「夏ウツ」かもしれない。ウツは季節を問わず1年を通して発症する。冬や春に発症する場合、過眠や過食を伴うことが多いが、夏ウツは不眠や食欲減退が現れることが特徴だ。加えて、不安...

    記事全文を読む→
    注目キーワード

    人気記事

    1. 1
    2. 2
    3. 3
    4. 4
    5. 5
    6. 6
    7. 7
    8. 8
    9. 9
    10. 10
    最新号 / アサヒ芸能関連リンク
    アサヒ芸能カバー画像
    週刊アサヒ芸能
    2025/11/11発売
    ■530円(税込)
    アーカイブ
    アサ芸プラス twitterへリンク