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記事全文を読む→奇跡の脱北起業家〈第7回〉なぜ彼女は「平壌冷麺」と海を渡ったのか(2)脱北者160人との共同生活
気づけば、7月になっていた。平壌のマンションを出発したのが5月だから2カ月におよぶ過酷な旅であった。敷地内にある別館にはざっと160人の脱北者がいた。
「驚きました。みんな韓国へ行く順番を待っているんです。週1ペースで十数人まとめて送っているようでした。外出は一切、許されない。自分たちでご飯をつくり、共同生活をしながらすごすんです。あれこれ身の上話を聞くと、北朝鮮から直接きたのは私たち3人のほかに6人だけ。あとは人身売買や結婚して中国に住んでいた女性がほとんど。あまりの悲惨な状況に怒りがこみ上げました」
そんな大使館暮らしが4カ月も続いた。熱帯モンスーン気候のラオスではわからなかったが、季節は冬を迎えていた。12月初め、韓国へ出発する日がやってきた。13人が一緒だった。
「ジンエアーというLCCです。そろいのオレンジ色のガウンを着せられ、最後部に座りました。人生初の飛行機。亡くなったパパが私を乗せてやりたいと言っていた飛行機。留学ではなく、こんなかたちで‥‥。ビエンチャンのワットタイ国際空港を深夜に飛び立ちましたが、ほんとうに韓国に行くの? ひょっとして北朝鮮に行くんじゃ? 疑心暗鬼になり、寝られない。5時間くらいして高度がどんどん下がっていく。まもなく仁川国際空港に着陸するとのアナウンスがあり、窓から下をのぞくと、光がピカピカ、ピカピカしている。ああ、韓国だ! 大韓民国だ! 心の中で叫びました」
仁川は寒かった。ヨンヒは韓国への入国に胸をなでおろしながら、空港ですれ違う韓国人の目が気になった。
「オレンジ色のガウンを着た集団がぞろぞろ歩いていたのが異様だったかもしれないですが、冷たい視線を感じました。へんな人たちだって思われているんじゃないかって」
長旅の疲れを癒やすまもなく、情報機関、国家情報院でみっちり3カ月、担当官による聴取が続いた。エリート層だから念入りに調べられたらしい。そして資本主義社会に適合していくための訓練施設「ハナ院」でさらに3カ月の研修を終え、晴れて韓国人となったのだ。
「ハナ院にいるとき、仏教系のボランティアの人と1泊2日でソウルを見学したんです。韓流ドラマでしか見たことのなかったソウル。おしゃれなカフェでイケメン男子とかわいい女子がデートしたり、高級デパートでマダムがショッピングしたり、そんなイメージでした。でも違った。歩いたエリアが下町、くすんだ住宅が建ち並び、疲れた顔の人も多い。韓国に行けばみんな金持ちになれる、そんな甘くはないんだ。みんな懸命に働いている。私はハッとした。よーし、ゼロからのスタートだ、と」
鈴木琢磨(すずき・たくま)ジャーナリスト。毎日新聞客員編集委員。テレビ・コメンテーター。1959年、滋賀県生まれ。大阪外国語大学朝鮮語学科卒。礒𥔎敦仁編著「北朝鮮を解剖する」(慶應義塾大学出版会)で金正恩小説を論じている。金正日の料理人だった藤本健二著「引き裂かれた約束」(講談社)の聞き手もつとめた。
写真/初沢亜利
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