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記事全文を読む→奇跡の脱北起業家〈第5回〉なぜ彼女は「平壌冷麺」と海を渡ったのか(3)「済州島4.3事件」のドラマ
たまにヨンヒが口ずさむ歌に「ツバキの花一輪」がある。2003年に朝鮮中央テレビで放送された連続ドラマ「漢拏のこだま」の挿入歌だ。何度も再放送され、DVDまで発売されたこのドラマ、いわゆる「済州島4.3事件」が題材になっている。1948年4月3日、米軍政下の済州島で南北分断に反対する島民が武装蜂起し、軍や警察に弾圧され、3万人近くもが犠牲になったとされる韓国現代史上の大悲劇である。ヨンヒは主人公が海女だったこともあり、その姿が祖母に重なり、夢中で見た。
銃弾が飛び交い、捕えられた島民が残虐に殺されていく。目をおおいたくなるシーンが続くが、歌は牧歌的でやさしい。主人公が回想するところで流れる。
〽ツバキの花一輪 私もひとり お母さんの花一輪 お父さんもひとり 赤い花 葉っぱ かんでみた お母さんは お母さんは 花のように笑ってる‥‥
少女のころ、青い済州の海で友だちとむじゃきに遊び、いつしかたくましい海女に成長し、岩場で仲間と笑顔で語らっている。ドラマに釘付けになったヨンヒの空想は広がる。
「たった一度、おばあちゃんと水泳したことがあるの。10分も潜ったままなんです。すごかったなあ」
北朝鮮に生まれたヨンヒは済州島を知らない。半島の南に浮かぶ火山島、温暖だから甘いみかんが採れる。歌の通り、冬になれば、ツバキが咲く。
決死の脱北が失敗に終わった祖母は海州で機会を待った。あきらめるわけなどなかった。
「脱北した人間ですから、監視がきつかったんです。たまに市場に行こうと玄関のドアを開けたとたん、隣に住んでいるおばさんが、ぬーっと顔を出し、『どちらへ?』と聞く。泥棒が多く、ドアは厚い鉄板でできているのでガチャンと大きな音がする。カギも3、4個つけてある。もともといた住民が監視役をさせられているんです。3人に1人はスパイじゃないかっていうくらい多くの目が光っている。でも、そこは海州の名物女主人、『私は市場に行くんだよ、どこが悪い!』って思いっきり言い返していたそうですよ」
鈴木琢磨(すずき・たくま)ジャーナリスト。毎日新聞客員編集委員。テレビ・コメンテーター。1959年、滋賀県生まれ。大阪外国語大学朝鮮語学科卒。礒𥔎敦仁編著「北朝鮮を解剖する」(慶應義塾大学出版会)で金正恩小説を論じている。金正日の料理人だった藤本健二著「引き裂かれた約束」(講談社)の聞き手もつとめた。
写真/初沢亜利
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