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Posted on 2025年12月14日 06:00

プロ野球「オンオフ秘録遺産」90年〈先発登板の高橋直樹に「おい、三塁を守れ」の指令。“リリーフ”に変身して3回3分の1を投げ切った〉

2025年12月14日 06:00

「1粒で2度おいしい」とはまさにこのことだ。同一試合で「勝ち投手」と「セーブ投手」を独り占めにした男がいた。日本ハムの高橋直樹である。

 この珍記録は、91年に及ぶ日本のプロ野球史上唯一のものである。

 1974年8月18日、日生球場での近鉄(現オリックス)対日本ハム8回戦で生まれた。

日 0 0 2 0 0 0 0 0 0=2
近 0 0 0 0 0 0 0 0 1=1

 この試合、近鉄の先発は22歳の太田幸司、日本ハムは29歳の高橋である。

 先手を取ったのは日本ハムだった。3回、2死一、二塁、大下剛史の放った右飛は栗橋茂の頭上を越える2点三塁打となった。

 追う近鉄は6回、2死から小川亨が中前に運んで、3番のクラレンス・ジョーンズが左打席に入った。

 ジョーンズはこの時点で30本塁打しており(同年の本塁打王)、日本ハム戦では12本塁打していた。

 右アンダースローの高橋にとっては苦手の1人で、3本塁打されていた。

 ボールカウントが0‒2(現在の2‒0)となった。ここで三塁ベンチから監督の中西太が登場し、マウンドに向かった。

 そして、高橋が初体験となる指令を告げた。

「おい直樹よ、三塁を守れ」

 中西はワンポイントとして左腕・中原勇を投入した。三塁手の阪本敏三が遊撃に回り、遊撃手の中原全敏がベンチに下がった。

 しかし、中原はジョーンズに四球を与えて一、二塁となった。

 ここで中西が高橋を再びマウンドに向かわせた。坂本は遊撃から三塁に戻り、遊撃には八重沢憲一が入った。“リリーフ”に変身した高橋は次打者・土井正博を二ゴロに打ち取り、このピンチを免れた。

 そうなると当然のことながら、高橋は6回から続投である。9回、ジョーンズに31号ソロを浴びたが、2対1で逃げ切った。

 公式記録では高橋が5回3分の2を投げて勝利投手、そして高橋が3回3分の1でセーブも記録し、1人の投手に勝利とセーブが与えられた。

 高橋はこの事実を知らなかった。試合後、中西に「おい、ナオ、お前は1度に2つ稼いだらしいぞ」と言われてビックリしている。「えっ、本当ですか? ウソでしょ?」と半信半疑だった。報道陣から改めて「本当だよ」と言われて信用した。

「1試合に2つも頂くなんて‥‥両手に花ですね。こんな楽しい日はありません」

 プロ野球の「セーブポイント」はこの年から公式記録として新しく導入されていた。

 プロ野球界はこの頃から、リリーフ専門投手の役割が重要視されてきた。それまでの先発完投中心から、分業体制へと進んで行く過程にあったのだ。

 初の試みということもあってか、当初は細かい縛りがなかった。

 それでも東西の公式記録員たちは73年の記録を参考に、いろんなケースでの取り扱いを口頭で確認していた。その資格条件の1つに、3イニング投げることがあった。当時、この試合を担当した記録員はこう説明した。

「昨年、ヤクルトの安田投手に同じようなことがあった。それを引き合いに出して、勝ち星とセーブの両方を与えてもいいという結論に達した」

 73年にヤクルトの左腕・安田猛が同じ登板の仕方をしていたのだ。

 高橋は勝ち投手の資格を持つ自分をリリーフして、試合終了まで投げたのだからセーブの資格も得た。

 この予想外の出来事に球界内外から「おかしい」「奇妙だ」「理屈に合わない」という声が上がった。さすがにルール委員会が翌年動いた。

 結果として「勝ち投手になった場合、その投手にはセーブを与えない」というルール改正となった。

「(救援登板から試合終了まで投げた)交代完了投手に限り」という規定が設けられたのだ。以来、1人の投手が「勝ち投手」と「セーブ投手」の記録が実現することはなくなったのである。

「珍記録」は「不滅の記録」となった。

 高橋は68年、早稲田大学から日本鋼管を経て日本ハムの前身である東映に入団し、翌年のルーキーイヤーにいきなり13勝を挙げた。

 日拓に変わった73年にも12勝をマークし、日本ハムのエースとして活躍。その後は広島、西武、巨人へと移籍した。

 実働18年で169勝158敗13 セーブの成績を残した。

 ルール委員会を動かした、同一試合での「1勝1S」が含まれている。

 投手を他のポジションに移動させて再びマウンドに戻す。

 これは「魔術師」の異名を取った監督・三原脩が得意とした采配である。西鉄(現西武)では稲尾和久、そして大洋(現De NA)では秋山登といったエースたちをそうやって起用した。

 中西はその三原の義理の息子である。してみると、高橋をとっさに三塁へ緊急避難させた采配もうなずけるのである。

 74年から始まったこの公式記録の初代セーブ王は次の通りだ。

 セ・リーグが中日の星野仙一で10セーブ。「沢村賞」のタイトルも獲得しており、同時受賞はプロ野球史上唯一だ。

 同年、中日は巨人のⅤ10を阻止して20年ぶりの優勝を決めた。星野は先発から抑えと大車輪の働きをしたのだった。

 パ・リーグは南海(現ソフトバンク)・佐藤道郎の13セーブ。先発登板はなく、救援投手として記録した。

 (敬称略)

猪狩雷太(いかり・らいた)スポーツライター。スポーツ紙のプロ野球担当記者、デスクなどを通して約40年、取材と執筆に携わる。野球界の裏側を描いた著書あり。

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