もう真夏の外出は、根性で乗り切る時代ではないらしい。気象庁は今年、最高気温40度以上の日を「酷暑日」と新たに決めた。猛暑日を超える暑さが日常化したことで、服そのものが冷却機器になる流れも加速している。これまでのファン付きウェアは「現場作業用...
記事全文を読む→松井秀喜「甲子園5連続敬遠」明徳義塾監督への「抗議電話が数千本」に野村克也が「ちょっと待て」プロ目線の反論/スポーツ界を揺るがせた「あの大問題発言」
いよいよ頂上決戦を迎えるのは春の選抜高校野球だが、高校生の夢が躍動する甲子園球場にはこれまで、様々な「事件の歴史」が積み重なっている。
それは1992年8月16日、うだるような暑さで迎えた夏の甲子園球場で「大事件」は起きた。
「高校生の中にひとりだけプロが混ざっている」と形容される怪物・松井秀喜を擁する星稜高校(石川)は、1回戦で長岡向陵(新潟)と対戦し、11-0で撃破。次戦の相手は高知の強豪・明徳義塾だった。
ところが明徳義塾の馬淵史郎監督がこの試合で選んだのは、松井の5打席全てで敬遠という、なりふり構わぬ「勝負回避」だったのである。
2回、3回、4回…試合が進むにつれ、異様な光景に殺気立つスタンド。7回裏には二死無走者の場面ですら敬遠である。そして9回裏、二死三塁、最後となる5度目の敬遠が決まると、球場は怒号と罵声に包まれた。
試合は3-2で明徳義塾が星稜を下したが、高校通算60号に王手をかけていた松井は結局、一度もバットを振ることなく甲子園を去った。アルプススタンドからは空き缶やメガホンが投げ込まれ、勝利した明徳義塾の校歌は、耳を覆いたくなるような「帰れ!」コールによってかき消されたのである。
試合後、松井は悔しさを押し殺しながらこう語った。
「野球らしくないとは思うが、歩かせるのも作戦ですから、自分がどうこう言えるものではありません」
一方で、明徳義塾の馬淵監督に対する、世間の風当たりは凄まじかった。評論家やOBからは「卑怯」「教育上よろしくない」との批判が相次ぎ、高野連の牧野直隆会長までもが記者会見を開いて苦言を呈する。
「無走者の時は、正面から勝負してほしかった。1年間、この日のためにお互いに苦しい練習をしてきたのだから、その力を思い切りぶつけ合うのが高校野球ではないか」
淵監督の宿舎には数千本もの抗議電話が殺到し、バッシングは身の危険を感じるほどだったという。ところがこの騒動に真っ向から異を唱えたのが、知将・野村克也だったのである。野村はこの敬遠を「卑怯」と断じる風潮を一蹴。
「ちょっと待て。それは野球の本質を見誤っているんじゃないか。野球は心理戦で、戦いの本質は騙し合い、弱点の探り合い。敵の心理を揺さぶる手法は恥ではない。松井ほどの打者なら敬遠されることを前提に、次打者をどう生かすかを含めた作戦を立てるべき。それが強者の宿命でもある」
もし自分が明徳の監督なら、どうしたか。そんな問いに対し、
「そりゃ、敬遠も含めていろいろ考えるでしょう」
勝利への執念が生んだ5連続敬遠を、プロの視点から「究極の戦術」として認めたのである。
後年、松井はメジャーリーグで、敬遠後に本塁打を放つ次打者の姿を見て「改めて勝負の世界の厳しさを噛みしめた」と語っている。勝負の世界には非情さと美学がつきものだということだろう。
名将が認めた世紀の敬遠策は単なる逃げなどではなく、怪物・松井秀喜という存在を世界に知らしめた「最大の敬意」だったのかもしない。
(山川敦司)
アサ芸チョイス
ドジャース・大谷翔平の第二子誕生をめぐって、フェミニストを名乗る女性たちがSNS上で「多産DVだ」「年子出産は女性虐待だ」と騒いでいる。大谷夫妻は昨年4月20日に第一子誕生を報告、この6月20日に第二子誕生をアナウンスした。これら誹謗中傷コ...
記事全文を読む→一発出たら同点。3-7と4点をリードされて迎えた7回裏、二死満塁の場面。この日いちばんの勝負どころで、広島・新井貴浩監督がベンチから送り出した代打は捕手・石原貴規だった。結果は空振り三振。最大の山場でなぜ、より長打を見込める打者を送り込まな...
記事全文を読む→これはトレードのショーケースなのだろうか。そう思ってしまったのは、阪神タイガースの梅野隆太郎捕手が2軍から再昇格し、6月23日のヤクルト戦に即スタメン出場して攻守に高い能力を見せつけたことだ。1-0とリードした5回に二塁打を放ってチャンスメ...
記事全文を読む→
