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記事全文を読む→【ビックリ実話】25歳まで生きた猫の「家でメシ、半野良生活」と最後の「にゃ~ん」
田舎に帰った折に、子供の頃からお世話になっている従兄の家に寄る機会があった。夫婦と娘夫婦、孫の5人家族。いつも賑やかな家だが、今回はどこか騒々しい雰囲気があった。我が家と同じく、3匹の猫がウロウロしているのがその理由だ。
元保護猫がキジシロで、ご飯を食べにやってきて出たり入ったりしているハチワレとサビ猫は半分、野良猫だ。このうち抱っこできるのはハチワレだけだが、キジシロもサビ猫も家の中を我がもの顔に歩いているから、猫も合わせれば大家族である。
リビングには猫の写真が何枚も飾られている。その中に3匹とは異なる、黒と黄色の濃い感じの猫の姿があった。従兄の娘・A子いわく、
「5年前に死んだ、サビ猫のゴマミソ」
名前の由来は、黒ゴマをすりつぶして味噌を塗ったような色合いということらしい。普段は短く「ゴマ」と呼んでいた。
「何歳だったの?」
「ウチでは25歳と思っているけど」
え、25歳!? もうビックリである。
長生きした猫の話はこれまで、何度も聞いたことがある。20歳くらいという猫はいたが、25歳は初耳だ。猫の年齢は20歳で、人間の96歳ほどだとか。25歳は116歳ぐらいの計算になる。仙人ならぬ、仙猫か。それにしたって、長生きしたものである。
出会いはA子が高校に入った2000年。家の勝手口にゴマが現れた。もちろん、野良猫だ。この時、推定3~4歳。祖母が動物嫌いなので、家にやってくるゴマを追い返していたが、A子には懐き、追い払われてもやってくるので、祖母に隠れてご飯を食べさせ続けた。その後、祖母が亡くなり、家族で可愛がるようになった。
外から「豪快なお土産」を持ち帰ることが…
ゴマは半分家猫、半分外猫。外では大威張りの野良猫で、朝と夜に家でご飯を食べ、間に3時間くらい寝てから外に出て行く生活を送った。外出時にはハトを捕まえてきたこともあったそうだ。
「豪華な『お土産』を持ってくることが多かった」
とA子は回想する。外では立派なボス猫的な存在だったのではないか。
雌猫で2度、子供も産んだので、2度目の後に不妊手術を施したという。
そしてある時、「ところで、ゴマは何歳? いつまで生きるのか」と家族で話題になった。もう15歳は超えている計算になる。いや、もっとか…と。それが10年以上も前のことだ。
それでもゴマはピンピンしていて、長男が小学校に出かける際にはコンクリートの壁によじ登り、お見送りしていた。
しかしそのうち、やはり衰えが目立ち、寝ている時間が増えていった。体調不良のゴマを見ながら、完全に家猫にしたいと思っていたが、外に出て行くルーティンは崩さず、その代わりにお漏らしをするようになっていた。
「そろそろかな」と家族で言い合っていたのが、2021年の秋頃。家族みんなで看取ろうと思っていたが、その日たまたま家にいたのは従兄だけ。ゴマは従兄の腕の中で最後に「にゃ~ん」と苦しむ風もなく鳴いて、息を引き取った。その様子を聞いたA子は、ゴマは「ありがとう」と感謝しながら逝ったのではいかと、今も思っている。
その日は折しも2021年11月22日。
「ゴマは『いいニャンニャンの日』に虹の橋を渡った」(A子)
家族中で泣いて、ゴマを見送った。3匹の猫が住みつくようになったのは、その半年後のことである。
(峯田淳/コラムニスト)
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