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記事全文を読む→日本で最初に「お化け屋敷」を作ったのは医師!あまりのクオリティーと人気に「3カ月で江戸幕府から撤去命令」
今も昔も大人気のお化け屋敷だが、最近は夏の風物詩ではなくなり、一年中開催しているアミューズメントパークもある。あまりの恐怖に絶叫だけでなく「心臓が止まりそうになった」という言葉をよく聞くシロモノだが、医師は決してお勧めしないだろう。
ところが、日本で最初にお化け屋敷を作ったのは医師だというから驚きだ。その真意は分からない。
羽佐間宗玄、瓢仙と号する町医者が文化13年(1830年)頃、江戸の東大森村にある自宅の庭に設けたとされている。なかなかリアルな出来栄えだったらしい。
精巧に作られた一つ目小僧の目玉が動く妖怪のからくり人形などが多数、配備されていただけではない。壁には極彩色でおどろおどろしい「百鬼夜行絵巻」が描かれていた。今でいうカフェスペースもあって、珍しいもの好きの江戸っ子たちは度肝を抜かれ、押すな押すなの大行列となった。
大飢饉や政情不安で風紀取り締まりを謳う幕府の逆鱗に触れた
当時、肥前国平戸藩の藩主・松浦清の随筆「甲子夜話」によると、羽佐間が作った空間は素人の手慰みとは思えないほど、徹底的にこだわり抜かれたクオリティーであること、さらにその人気ぶりが描かれている。これが大飢饉や政情不安で風紀取り締まりを謳う幕府の逆鱗に触れた。大森は江戸の外という扱いだったが、近くには将軍が鷹狩りの際に使う「鵜見屋敷」がある場所だったからだ。
そのため、わずか3カ月ほどで、その地域を管轄する代官所から撤去を命じられている。ただし、入牢などの処分が下された記録は残ってはいない。あくまで建物の撤去という軽い行政処だった。羽佐間は文化人という側面もあり、化け物小屋はシャレのつもりだったのだろうが、江戸の粋にしては悪乗りが過ぎたと判断されたのか。
それにしても、あまりの人気ぶりに政治が介入してくるぐらいだから、わずか3カ月とはいえ、そうとう儲けただろう。そちらの方が気になるところだ。今も昔も、金儲けはアイデア勝負なのである。
(道嶋慶)
アサ芸チョイス
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