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記事全文を読む→中田組長“無罪放免”から2年 六代目山口組に息づく「山健魂」(1)法要に出所直後の山健組直参が参列
分裂終了後に発足した六代目山口組新執行部の一員として組織の屋台骨を支える中田浩司若頭補佐。直近でも慰霊の場に立て続けに姿を現し、存在感を示している。一度は行く道を違えながらも帰参した「山口組の保守本流」。組織に息づく「山健イズム」の現在地を探る。
10月10日は、六代目山口組(司忍組長)の直系組織、五代目山健組(組長=中田浩司若頭補佐)にとって、分裂抗争の犠牲者を悼む重要な1日だ。7年前のこの日、神戸市内の山健組本部近くの路上で、カメラマンを装った三代目弘道会(当時)系のヒットマンが山健組傘下組員2人を射殺したのだ。
この日、神戸市内の霊園では午前中より、兵庫県警本部と所轄の東灘署から十数人もの捜査員が派遣され、警戒に当たっていた。山健組の聖地となる組碑は広大な霊園の中腹にある。
本誌の到着直後の午前8時46分、法要の施主である中田組長が、三代目鷲坂組・木本陸郎組長らを伴って、姿を現した。
その足で組碑の前に行き、腰を落として合掌、頭を静かに垂れて参拝すると、短時間で現地を後にする。池田組(池田孝志組長)、絆會(織田絆誠会長)と六代目山口組を対象にした特定抗争指定は解除されたものの、神戸山口組(井上邦雄組長)との指定はいまだ延長されており、神戸市内が組員5人以上の集合が禁じられる「警戒区域」にあたるため限られた時間と人数で墓参を行ったのだ。
中田組長と入れ代わりで9時16分、福富均舎弟頭(福富組組長)と松森治若頭補佐(三代目宮鉄組組長)が連れ立って現れる。命を落とした組員2人は、それぞれ福富組と宮鉄組に所属し、当時は山健組本部に詰めていた。福富舎弟頭と松森若頭補佐にとっては、自組織の若い衆の供養であった。
福富舎弟頭は22年8月に発生した傘下組員による井上組長関連先への車両特攻を指示したとして、同年10月、建造物損壊などの容疑で逮捕された。
24年11月、神戸地裁が懲役4年(求刑懲役7年)の実刑判決を下し、服役中の身だったが、9月3日に出所し、現場復帰を果たしたのだった。他組織関係者が明かす。
「福富舎弟頭は、中田組長による『若い者の将来』を願っての六代目山口組帰参の決断を受け、社会不在にあった中田組長に代わって、組織内の意思統一に尽力した。山健組の復帰から、現在に至るまでの道筋をつけた功績は小さくない」
数年ぶりに本誌の前に姿を現した福富舎弟頭の佇まいは落ち着いており、静かに墓前に手を合わせると、冥福を祈り立ち去った。そこから入れ代わり立ち代わり、山健組直参の面々が墓前を訪れ、正午までに執行部、舎弟、直参の大半が参拝を済ませたのだ。
これに先立ち、中田若頭補佐は6日前にも墓参していた。山口登二代目の祥月命日にあたる10月4日午前中、神戸市内の墓園に中田組長、六代目山口組事務局次長を務める三代目岸本組の野元信孝組長、慶弔委員の六代目早野会・鈴川驗二会長の3人が訪れた。
姿を見せた中田組長は野元組長に「ご苦労さんです」と笑顔で声をかけ、足早に山口家の墓に向かう。丁寧に手を合わせて参拝し、さらに二代目時代の幹部4人の墓にも清めの水をかけ、瞑目して合掌した。
アサ芸チョイス
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